神々の助けを受けて稲穂が米になるまでを表現

伊勢神宮境内には、農村の景にふさわしく、内宮、外宮ともに川が流れています。内宮を流れる五十鈴川の穏やかなせせらぎは、水田を潤す用水路のようであり、外宮を流れる宮川の支流、豊川が作り出す数珠つなぎの御池は溜め池の姿に見えます。

内宮の禰宜(ねぎ)を世襲してきた荒木田氏は、「新墾田」(あらきだ)であり、新しく開墾してできた田畝を意味します。宮川と五十鈴川が挟むようにしてつくられた河口のデルタは、すでに古代から干拓され、広大な稲作地に姿を変えてきた場所です。

伊勢神宮の稲作への深い思いは御裳濯(みもすそ)川にかかる宇治橋から始まります。倭姫命が聖域に入るにあたって裳の裾を清めた川であり、御手洗場があります。境内外を分ける橋は聖と俗をつなぐ架け橋なのです。

毎年、冬至の時期には宇治橋の手前にある鳥居の真ん中から昇る朝日が拝め、太陽は真っすぐ上に昇っていきます。天照大御神が弟の須佐之男命の乱暴に怒って岩戸に隠れたために世界が真っ暗になり、のちに八百万の神々が天照大御神を岩戸から誘い出し、世界は再び光を取り戻した――「天の岩戸神話」は、太陽の復活を伝える冬至のストーリーであり、その主人公は伊勢神宮に祀られている天照御大神です。

冬至というのは一年の始まりであり、稲作の準備を始める日でもあります。橋を渡って境内に入ると、稲作を支える別宮や摂社に出会えます。

稲作は、田んぼの土を起こして耕す田起こしや、稲床の土ならしの他、水をたくわえる畦を造ったり川の氾濫を防ぐなど、土とは切っても切れない深い関係を持っています。そのため、外宮には大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)が土宮(つちのみや)に祀られています。

▲神々の助けを受けて稲穂が米になるまでを表現 イメージ:ばりろく / PIXTA

また、稲にとって水や日差しと負けず劣らず大切なのが風。

夏に吹く風は、害虫を葉から払い落し、風の力をもって稲は受粉します。稔りの秋に来る台風へ備え、内宮では風日祈宮(かざひのみのみや)、外宮では風宮(かぜのみや)と土宮の二社で対応しています。

宇治橋から200メートルほどの五十鈴川西岸には、摂社の津長(つなが)神社をはじめ、末社の石井神社、新川(にいかわ)神社の他に大水(おおみず)神社、川相(かわあい)神社、熊淵(くまぶち)神社と、水神に関わる神々が集結しています。

内宮正殿の天照大御神から陽光と水の恵みを、別宮の神々から土や風の助けを受けて生育した稲穂が、外宮正殿の豊受大御神(とようけのおおみかみ)によって食物の米になるまでのストーリーが造形化されているのが、伊勢神宮の境内なのです。