「世界で10億人以上の人々が、大音量の音楽やゲーム音に長時間、過度にさらされることにより、聴力を失う危険性がある」とWHOから発表されるなど、イヤホン難聴は他人事ではなくなっている。ワイヤレスイヤホンが主流となりつつある昨今だが、通学や通勤など、さまざまな場面でイヤホンやヘッドホンを使う機会が増えたのではないだろうか。

ニュースクランチでは、イヤホン難聴の原因や予防策について取材を敢行。東京医科大学病院の耳鼻咽喉科・頭頸部外科学の白井杏湖医師と、デンマークに本社を構え、日本を含め100か国以上で補聴器を販売している「GNヒアリングジャパン」に話を聞いた。

イヤホン難聴が増加している現代社会

WHOによる発表があったものの、病気や健康などの話題でも、視覚に比べて聴覚について語られることは少ないのが現状。まずは、イヤホン難聴について、白井氏に話を聞いた。

「イヤホンの使用により、意識しないうちに長時間、大きな音を聞く習慣があると、耳に負担がかかり、難聴が引き起こされてしまいます。一度聞こえにくくなると聴力は回復しないので、原因を理解したうえで、皆さんにしっかり予防してほしいです。

国立病院機構東京医療センターでおこなわれた調査によると、日本人の40代以下の世代で、10年前に比べて4000Hzの音が聞こえにくくなっているという結果が示されました。4000Hzというのは、一般的に携帯電話のアラーム音や鳥の鳴き声の高さ。大きな騒音にさらされると、最もダメージを受けやすい周波数とされています。

一般的な会話の声は、高低が混ざった複合音であり、500~3000zほどの高さの音が中心になっていると言われています。4000Hz以上の高音が聞こえなくなると、『シ』『ス』といった高くて弱い子音が聞き取りにくくなり、聞き間違いが増えることも。耳のダメージが進むと、聞き取りへの影響は徐々に拡大していきます」

▲イヤホン難聴が増加している現代社会 イメージ:Graphs / PIXTA

イヤホン難聴の原因は、音を感知する器官への負担だ。

「大音量で長時間、音を聞くことで、音を感知する役割をもつ内耳(蝸牛)にある有毛細胞が障害を受けます。それにより音を感知することができなくなり、難聴が引き起こされます。有毛細胞は、一度完全に壊れてしまうと再生しないため、聴力は回復しません」

有毛細胞を守り、難聴を防ぐためには「音の大きさ」と「曝露時間(音にさらされる時間)」に注意する必要がある。

「WHOの基準では、80dBA(街頭騒音や電車内の音の大きさ程度)の音を1週間当たり40時間(子どもは75dBAで1週間当たり40時間)以上、聞き続けると、難聴になる危険が高まるとされています。また、爆発音(130dBA)のような痛みを伴うくらいの大きな音を聞くと、一瞬で難聴が生じることもあります。

ただし、これはあくまで指標です。実際には、イヤホン以外にも音にさらされていますよね。どの程度の音量で、どれくらいの時間、音を聞いているかは人それぞれですので、基準を過信しすぎないでください」

具体的な予防策についても知っておきたい。

「イヤホン使用の際、音量を上げすぎないようにすることはもちろんですが、ノイズキャンセリング機能を活用することも一つの方法です。例えば、電車のなかでも聞こえるような音量に設定すると、電車内の騒音(80~85dBA)より大きくなっている場合があります。

つまり、本人としては大きな音のつもりではないのに、気づかず大音量で聞いているということ。ノイズキャンセリングを使用して騒音を遮断することで、必要以上に大きな音を聞かないようにすることができます」

長時間利用をした際には、耳を「休ませる」ことも有効だ。

「1時間イヤホンで音を聞いたら10分休むなど、有毛細胞が完全に障害されてしまう前に休ませることで、回復を促し、過度な負担を避けられます。また、一度、静かな環境になることで、耳鳴りなどの自覚症状に気づいて、それ以上の曝露を避けることも可能になります」

“聞こえの違和感”に敏感になってください

イヤホン難聴は、日々の騒音曝露の習慣により少しずつ生じていくため、自覚症状がないまま進行してしまい、聞こえないと気づいたときには手遅れになっていることが多い。そのため、早くから“聞こえの違和感”に敏感になる必要がある。

「初めは高い音のみが徐々に聞こえなくなるので、音が聞こえない、という症状は感じにくい場合も少なくありません。耳鳴り、騒がしい場所で声が聞きにくい、後ろから話しかけられた際に聞き取れない、聞き間違えが増える、なども難聴の兆候の一つ。ちょっとしたことだと思っても、違和感があったらなるべく早く耳鼻科を受診し、検査してください。

イヤホン難聴のように慢性的な有毛細胞の障害により起こる難聴は、一度なってしまうと回復が難しいですが、進行を遅らせることはできます。一方で、突発性難聴のように原因がわからず、ある日、急に片耳が聞こえなくなったような場合には、急性期であれば治療できる可能性があります。

外耳・中耳に原因がある場合には、手術による治療法もあります。『イヤホン難聴』と自分で決めつけることはせず、まずは病院で診察と正確な検査を受けましょう」

さまざまな団体が提供している「聞こえのチェック」なども指標の一つだ。また、スマートフォンのヘルスケアアプリには、自分がどの程度の音量・時間で音を聞いているかを知らせてくれる機能もある 。予防に加えて、「聞こえの違和感」をいち早く察知できるよう、心がけたい。

予防をしていても、聞こえにくくなってしまうことはある。自分に限らず、友人や家族が難聴になったときには、どう接したらいいのだろうか。

「まず、話しかける際には正面から、口元や表情がわかりやすいようにしてください。また、声を大きくすれば届くと思われがちなのですが、声のボリュームよりも話し方が重要。“ゆっくり、はっきり”と話しかけることが大切です。

通勤時や仕事で多くの人がイヤホンやヘッドホンを日常的に使っていますが、イヤホンの使用が直接的な難聴の原因になっているわけではありません。テレビなど、イヤホンを使用せず直接聞けばいいかというと、そうではない。同じように大きな音に長時間さらされれば、難聴につながります。また、イヤホンも適切に使用すれば難聴になる危険性は避けられます。

大音量を避けるために、静かな場所に移動する、ノイズキャンセリング機能を使うなどして聞きやすい環境を整え、大きすぎない音量で聞くこと。長期間の使用による負担を避けるため、耳の休憩時間をとること。イヤホン難聴は徐々に進行して気づきにくいので、自分は大丈夫と思わずに予防策を実践してください」

▲取材に対応してくれた東京医科大学病院の白井杏湖医師