スキーのジャンプ競技に関する興味深い話

高いパフォーマンスを発揮するために、イメージトレーニングが重要だというのはスポーツの世界でよく聞く話です。そのなかには、激しい精神的なショックに打ちのめされないためのイメージトレーニングもあるかと思います。

長野県の松本駐屯地で勤務していた頃、スキーのジャンプ競技に関する興味深い話を部下から教えてもらったことがあります。

「選手がスキーのジャンプ台にスキー板を担いで階段を登っていた頃に比べると、エレベーターで一気に登れるようになって急にケガ人が増えた」とのことでした。部下はバイアスロンの県代表選手で、知り合いのスキージャンプのコーチからそう聞いたそうです。

本稿を執筆するにあたってこの話を思い出し、エビデンスを調べたのですが、それらしいものは見あたりませんでした。そのため、あくまでも私が当時の部下から聞いた話として紹介させていただきますが、自分自身の経験と照らし合わせても、そういうことはいかにもありえそうだなと思いました。

選手が階段を登りながらジャンプのイメージを心に描きつつ徐々にスタート地点に行くのと、エレベーターでいきなりスタート地点に行くのとでは、おそらく「心の準備」に差が出ます。

▲スキーのジャンプ競技 イメージ:Fast&Slow / PIXTA

前述の日航機事故のエピソードと重ねるなら、階段を上ってスタート地点に向かう選手が陸路で災害現場に向かった私たち、エレベーターで一気にスタート地点に到着したのが、ヘリコプターで現場に来てロープで降下した先輩です。

この「心の準備」の差が体(=心で動かす道具)のコントロールに影響を与えることは十分にありえると思います。

身近な例だと、皆さんも自動車の運転免許証の更新時講習などで注意喚起されたことがあるかもしれませんが、「交通事故は運転開始後30分以内が最も多い」と言われています(内閣府「交通事故死ゼロを目指す日」平成20年当時の広報啓発資料より)。

これも「心の準備」をせずに、いきなり車を運転してしまうことに事故原因の一端があるのではないでしょうか。

つまり、それまでの歩行を中心とした移動速度から、車の移動速度への変化に対して心と体の感覚が追いついていないのではないかということです。

車の運転開始前に、ほんの少し時間を使って、心の中で「今から車を運転するから速度の変化に対応するぞ」と思う(車の移動速度に意識を向ける)だけでも、運転開始直後の事故の確率が減るかもしれません。

特に、免許更新の際に講習をしていた先生が個人的な意見としてアドバイスしていたのは、「運転を始めて最初の5分が最も危険で事故が多いと感じています」でした。最初の5分、そして次に30分を無事に乗り切るために「心の準備」をしましょう。

「戦闘未経験」の兵士は戦場で戦えるのか?

このように自らが経験したり、人から話を聞いたりするなどして、私はイメージトレーニング(心の準備)が体や心に大きく影響をおよぼすことについて、自分なりの理解を深めていきました。

そして、階級が上がるにつれて、過酷な訓練を部下部隊に実施させつつ、戦場の悲惨な状況でも訓練で身に付けたスキルをしっかりと発揮できるように、イメージトレーニングを取り入れることを心がけました。

すなわち、自らの有事のイメージを具体化し、そのイメージを反芻して部下と共有することを心がけたのです。もちろん、平時に行う訓練は、有事の行動とは物理的・精神的にかなり異なります。

しかし、イメージトレーニングによって、そのギャップを少しでも埋めて、高いレベルのスキルを磨いておくことが、日頃の訓練においては大切です。また、それが国民から部隊を預かっている者としての責任だとも考えていました。

▲日頃の訓練においてもイメージトレーニングは大切 イメージ:akiyoko / PIXTA

ちなみに、日清戦争、日露戦争、第二次世界大戦に参加した旧陸軍の兵士のうち、「実戦経験者」はどれくらいだったかご存じでしょうか。

なんと3パーセント以下だったそうです。「そんなに少なくてまともに戦えるのか?」と思われたかもしれませんが、それでも戦えるようにするために、日頃の訓練があります。

皆さんが想像されている通り、やはり「実戦未経験」の兵士たちは、初めて戦闘に参加すると、最初のうちは戦場の激烈さや死への恐怖によって、精神的にショックを受けたとのことです。

しかし、一度、敵の弾の下をくぐると最初のショックが収まり「なんだ、普段の訓練通りやればいいんだ」という感覚を掴むのだそうです。すると、その後は冷静に戦闘に参加できるようになったという話を、旧軍や自衛隊に関する本を多く執筆されている荒木肇氏から聞いたことがあります。

旧軍でも、あらかじめ戦場で兵士のショックを緩和するようなやり方で訓練を実施していたのだな(そういう実際的・効果的なノウハウがあったのだな)と、非常に納得したことを覚えています。

戦場という極限の状況でも、やはり日頃の訓練による「心の準備」が心に対するショックアブソーバーや予防注射として機能し、兵士たちの「心の免疫力」を高めていたのでしょう。