駅のホームから飛び降りようとするも隣駅で起こった人身事故によって一命を取り留めた主人公の元に、そこで死んでしまった人が幽霊となって現れる。
この設定だけでも興味をそそられる映画『死に損なった男』で主演を務めるのは、空気階段の水川かたまり。『キングオブコント2021』で優勝、毎年開催している全国ツアーは各地完売と、コント師として人気と実績を兼ね備えているコンビのひとりだ。水川にとって今作は初主演作。映画への出演もほぼ初めてに近いと言うが、確かな演技力で報われない毎日に疲弊する構成作家をありのままに演じている。
※本記事は『+act.(プラスアクト)2025年2月号』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。
まさかこんなことが人生のイベントで起こるなんて
――初めての主演映画となりますが、起用理由は聞かれましたか?
水川かたまり(以下、水川):なんで僕なんだろうっていうのはあったんですけど、聞いてなかったんです。別の日に監督との対談取材の中でそういう質問があって、最初は(当初は)俳優をイメージしていたみたいですが、お笑いの構成作家を演じるのであれば芸人のほうが等身大のリアリティが出せるのではないか、と田中監督含め制作チームの中から出て、そこで第一候補として名前が挙がったみたいです。あと、監督はちょっと弱そうな主人公がいいって思ってたらしく、そのイメージにも合ったみたいで…よかったです。
――これまでも映像作品に出演されていますが、いつか主演をやってみたいという気持ちはあったんですか。
水川:そんな…滅相もないですよ(笑)。まさかこんなことが人生のイベントで起こるなんて思ってなかったです。きっと今後もないでしょうし、この貴重な機会を噛み締めています。
――台本を読まれた時はどんなことを感じられましたか。
水川:数ページを読んだ段階で、あぁ、これめっちゃいい設定だなって。僕がネタを
考えていてこの設定を思いついたら、でかしたぞ! ってなるなと。それくらい引き込まれる強い設定だなと思いました。
――自分が演じることよりも、まずは物語を中心に読まれたと。コンビではおふたりでネタを作られるのはもちろん、水川さんと鈴木さんいずれもネタを書かれるじゃないですか。台本はいつもどんな風に読み進めるんですか。
水川:あぁ…コントの台本は短いので、出来たものが送られてきたらひと通り目を通して、あとは合わせながら読んでいく感じです。だから今回はコントの台本を読む時とは違うというか、別物だと思っていて。自分のセリフはどういう感じなんだろうというのを気にしたりしながら読み進めましたね。僕が演じる(関谷)一平はなんとなく神経質そうで、そんなに明るい人間じゃなさそうだなと。じゃあ、声のトーンはこんな感じかなとか想像して。けど、映画自体ほぼ初めてで、役作り…っていうのかわからないですけど事前にどういう準備をするのかもわかってなかったんで、台本を読んでこんな感じかなっていうのを考えたくらいでした。
――田中監督とはどのタイミングでお会いしたんですか。
水川:衣裳合わせの時に一度お会いして、本読みいいですか? って言われて。その時にいたキャストのみなさんと一緒に本読みをしました。イメージしていた感じで読んだら、あぁ、バッチリですっていう感じで。こいつ、何も知らないからとりあえず自信をつけさせようっていうことでそう言ってくれたのかもしれないですけど、あの時そう言われてホッとしたのを憶えています。
――そこから撮影に入って。
水川:大人ですけどキッザニアに行ったような感覚で学ばせてもらいました。映画の知識も経験も圧倒的になかったんですけど、スタッフ、共演者のみなさんが本当に優しくて。専門用語とか段取りみたいなことも僕がわかんなそうな顔をしてると、今のはこういう意味で、って教えて下さいました。
バイトでもわからないことを聞かずにミスしていた
――初日はどんなシーンから撮影したんですか。
水川:僕演じる一平の家に、正名(僕蔵)さん演じる森口友宏が幽霊として目の前に現れるところでした。冷蔵庫に叩きつけられるっていうだいぶ激しいシーンが最初でしたね。
――凄いですね、ぶつかり合うところからスタートとは。
水川:そうなんです。正名さんにお会いするのもその日が初めてで。一平としても森口に会うのはそこが初めてなので、もしかしたら意図があってのことだったのかもしれないです。首をガッとつかまれて叩きつけられるシーンだったんですけど、(演じていて)正名さんからこれは遊びじゃねぇんだぞっていうメッセージのようなものを受け取った気がしたというか。喉のところをつかまれながら1カ月頑張れよ! って言われたような感覚がありましたね。
――それくらい、最初からガツンとぶつかってきて下さったんですね。
水川:テストの時、冷蔵庫に叩きつけられて僕がちょっと痛そうな表情をしたと思うんですよ。終わってから、正名さんが『大丈夫ですか? 痛いですか? 痛くないのはこの辺りですかね?』って凄く気遣って下さって。痛いのは痛かったんですけど(笑)、そのあとも痛くない顔をしてやり切りました。
――現場で田中監督からはどんな演出があったんですか。
水川:感情の出し方のトーンみたいなことについてが結構多かったですね。ここは死んだような感じのトーンでとかここは台本を無視しちゃっていいんで感情全開で行って下さいとか、感情のボリュームみたいなものを色々と調整してもらいました。一平は構成作家で。サーカス団の団長役ですって言われてもどうやればいいかわからないですけど(笑)、普段から構成作家の人と関わる機会が多いこともあってやりやすさはあったというか。どういう仕事をしているのかは経験としてわかっていましたし、周りにいる構成作家の人をイメージしながらこんな感じかなって手探りで演じていきました。
――水川さんから監督に質問することもあったんですか。
水川:あぁ…それはなかったです。バイトとかでもわからないことを聞かずにミス
してましたし、わからないことは聞けって言われるのにいつも聞けなくて。僕のよくない癖ですね。あと、撮影場所の構造上、監督がどこにいるのかわからないことが多かったというのもあったので、自分でとりあえずやってみて、そこから監督に調整して頂くという。その繰り返しでした。
――作中、森口になんで死のうと思ったのかと聞かれた一平が答えるシーンありますが、その理由って――大きいか小さいかは別として、ものづくりをしている人だったら共感出来ることだなと感じました。
水川:確かにあの気持ちってわかりますよね。一平はやりたい仕事をやっていて、凄
くピュアというかお笑い原理主義的な側面があるんですよ。今の仕事で生活出来てはいるけど、自分の中で折り合いがつけられない部分があったんだろうなって。そういう心情はわかりますけど、僕は死のうとは思いません(笑)。