香港デモ、台湾総統選、ウイグルやチベットへの弾圧、そして新型コロナ……混乱の源をたどると習近平政権に行きつく。中国ウォッチャーの第一人者・福島香織氏が、コロナショックを経て新たなフェーズに突入するかの隣国の脅威を語る。

※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

優秀な現場スタッフと危機感のない習近平

中国共産党と国家の最高指導者である習近平には、武漢でSARSに非常に似た新型コロナウイルスが発生していることが、少なくとも2020年1月初旬までには報告されていました。

中国の医療現場や中国疾病予防コントロールセンターの衛生官僚たちは極めて優秀で、1月2日までに新型コロナウイルスのゲノム配列を突き止め、WHOに報告、11日までに世界中の研究者が共有できるデータベース「GISAID」に公開していました。

米国への情報提供も3日から定期的に行われていました。

1月3日、上海公共衛生臨床センターの張永振教授チームが、武漢市中心医院のサンプルを得て、5日未明に新型コロナウイルスを検出、ウイルスの全ゲノム配列を分析したところ、歴史上存在したことのないウイルスであることを突き止めました。

上海公共衛生臨床センターは、即日、上海市衛生健康委員会と国家衛生健康委員会の主管部門に報告し、この新たなウイルスはSARSと同源であり、呼吸器感染するだろうから、公共場所の疾病予防コントロール措置をとるべきだと意見しました。

▲新型コロナウイルス電子顕微鏡写真

ここまでの現場の医師や研究者、衛生官僚の動きは、SARSのときよりも素早く、的確であったと言われています。

ですが、問題は中央に情報が上がってからでした。

「春節に悪影響を与えないように」と指示

1月3日、国家衛生健康委員会弁公庁は、「重大突破伝染病予防コントロール工作において生物サンプル資源及び関連研究活動の管理強化通知」を出しました。それは武漢の肺炎サンプルについての管理規定であり、中央の批准なく勝手に検査機関や個人にサンプルを提供することを禁じるものでした。

ウイルス学者らによれば、武漢ウイルス研究所にも病原検測をやめて、すでにあるウイルスサンプルすべてを廃棄せよと要求されたといいます。つまり、情報隠蔽の指示です。これで中央の指示を受けずに、地方レベルで勝手に新型コロナウイルスに対応することはできなくなりました。

習近平は、この新型コロナウイルスの対応についても、自分自身で指揮権をとらなくてはならないと考えました。1月7日には、自ら指揮をとり配置することを明確にした演説を行い、後日その演説稿を共産党中央理論誌『求是』(2月15日付)に掲載し、自分のリーダーシップを強調していました。

ですが、このときの習近平の指示は「春節に悪影響を与えないように」という指示であったことが、中国疾病予防コントロールセンター関係者の話として、香港紙『明報』が報じています。

中国疾病予防コントロールセンターの高福主任は、「重大突発公共衛生事件」レベル2の応急メカニズムを発動するように、1月2日の段階で中央政府に求めたようですが、聞き入れられなかったようです。

感染症現場の専門家の危機感と、習近平の危機感の間には大きな齟齬があったのです。このため、武漢市や湖北省としても、春節移動を制限するような措置はとれませんでした。

▲春節の風景(神戸南京町)

また1月7日から11日までは、武漢市の人民代表大会と政治協商会議〔両会:地方議会に相当〕が開かれ、11日から17日までは湖北省の両会が開催されました。

これは北京で3月3日と5日から始まる、全国政治協商会議と全国人民代表大会(両会)前に済まさねばならない、地方にとっての重要な政治日程です。この両会に集中するため、武漢市ではこの期間、事実上、感染状況の情報更新の公開を差し止めていました。

この10日あまりの間に、すでに春節移動は始まっていましたから、感染は武漢や湖北省だけでなく中国全土へと拡散し、またタイや日本などでも感染者が出始めたのです。