『M-1グランプリ』

今存在してるお笑いの大会で最も影響力がある大会であろう。

M-1を見て芸人になった人も山ほどいるし、今テレビでお馴染みの売れっ子もM-1がきっかけの人ばかりだ。

ただ逆に言えばM-1の結果が振るわず芸人を辞めた先輩後輩の背中も何人も見てきた。

そんな芸人の夢、青春、希望がバックパッカーのリュックも一目置くくらいパンパンに詰まっているのがM-1という存在なのだ。

今「すがちゃん最高No.1」と名乗り、赤いスーツを着てギャル2人と組む決断に至ったのもM-1が関係している。

「ぱーてぃーちゃん」になる前は専門学校の同級生の石原というやつと「パーティーズ」というコンビを組んでいた。

名前にパーティー付けるの好きすぎるだろというのは一旦置いといて欲しい。

その当時は、芸名も本名の菅野直人で活動していて特定のキャラを入れずに、ネタの内容で勝負するんだという気持ちでやっていたが、デビューしてからM-1の2回戦以上に進んだことは無かった。

なんとなく最低でも3回戦はいかないと漫才師失格の空気感がある。

このままじゃダメだと思い、相方と話し合って「もっと本気でM-1と向き合おう」と今までライブの当日集まってノリでやっていたネタ作りも、ライブがない日も2人で集まり、煮詰まった時には知り合いの作家さんに頼んで意見を貰って、一生懸命ネタをブラッシュアップしていった。

そして2017年に初めて3回戦に進むことができたのだ。

今でもその時の喜びの感触を覚えている。

ただ相方の石原が、

「オレ達も日本の漫才師のトップ300に入ったかぁ」

と言った。

いやそれ決勝の10人に入った時言うやつだろ。

トップ300て、トップ多すぎるだろと言おうと思ったけど野暮だったので心の中で留めた。

そこから3回戦までの時間でさらにネタと向き合い、あーでもないこうでもないと話し合いながらライブに出て調整を重ねていった。