今回は持病のせいで、疑心暗鬼になり、家族自体も敵に見えてしまっていた頃の梁瀬さんが、新たに迎えた、大事な「家族」のお話。
「健康優良児」とは言えない猫がどこか自分と重なって見えた
「この子、全然ご飯を食べないんです」
困り果てた顔でそう言われた。どこか諦めのような響きが混じっている。抱き上げてみると、耳の中はカビだらけで奥まで真っ黒。歩く姿は猫とは思えないほど見事なガニ股で、鳴きすぎてしまったのか、その小さな喉からは枯れた音しか漏れてこなかった。決して「健康優良児」とは言えない状態が、当時の私には、どこか自分と重なって見えた。
私の病気のせいで、とにかく家の中の空気は最悪だった。私をなんとか学校へ行かせようと必死な親の言葉、積み重なってきたお金の話。現実を突きつけられるたびに、申し訳なさと絶望で胸が潰れそうになる。けれど、それでも体は動かないのだ。考えたくもないし、現実なんて見たくもない。
いつしか、家族との会話はほとんどなくなった。家族の誰もが私を疎ましく思っているように感じて、怖くて仕方がなかった。家族全員が敵に見えた。
私は逃げるように自分の部屋に閉じこもり、一日中ベッドに横たわるだけの毎日を送った。カーテンを閉め切った暗がりのなかで、ただ天井を見つめる。そのうち夜も眠れなくなり、静まり返った部屋で寝付けないまま朝を迎える絶望感は、言葉にできないほど苦しかった。食事も喉を通らず、鏡を見るたびに自分の身体はみるみるうちに痩せ細っていった。
両親は、何とかして私を外の世界へ連れ戻そうと、手当たり次第に良さそうな病院を探してくれたり、体にいいものを試してくれたり、あちこちへ連れ出そうとした。けれど、当時の私にとってそれらはすべて、私を追い詰めるプレッシャーにしか感じられなかった。
「大丈夫?」「何か食べる?」
心配してかけてくれるその一言にさえ、私は激しい苛立ちを感じてしまう。喋りかけられること自体が苦痛で、声を荒らげては、冷たく突き放してばかりいた。
唯一、私の心が反応した「アニマルセラピー」
そんな絶望的な状況のなかで、唯一、私の心が反応したのが母が見つけてきた「アニマルセラピー」だった。
もともと大の動物好きだった私は、これまで何度も家族にペットの相談をしてきたけれどそのたびに断られてきた。けれど、私のあまりの生気のなさについに許可が下りたのだ。
ただ、私には犬の散歩に行けるような体力はない。誰が見ても外を歩き回るなんて無理な状態だったので、家の中で一緒に過ごせる猫を飼うことになった。その事実が、止まっていた私の心をほんの少しだけ動かした。
けれど、当時の私にはスマホを手に持つことさえ重労働で、自分で何かを調べる力は残っていなかった。
画面を眺めることすらままならない私の横で、母がいくつか候補の子たちの写真を見せてくれたが、どの子を見てもなかなかピンとくることはない。
そんな中、その1枚の写真が目に飛び込んできた瞬間だけは、何かが違った。不思議と迷いはなく「この子にする」と、その場で決めた。
翌日には、その子を迎えるため、私は鉛のように重い体を必死に動かして家を出た。本当に、久しぶりに吸った外の空気だった。


梁瀬 鈴雅







