私は彼女の好きなものも、苦手なものも全部把握していた

小学5年生で音楽部に入部した私たちは、放課後の音楽室を自分たちのテリトリーにしていた。

音楽室にある楽器を自由に触らせてもらえるのは、音楽部員の特権だ。まだ子供だった私たちの目には、そこにあるものすべてが、宝の山のように映っていた。

自分の背丈よりずっと大きなマリンバや、グランドピアノ。見るからに重厚でキラキラした金管楽器がずらっと並んでいたり、さらには、どうやって音を鳴らすのか見当もつかないような不思議な海外の楽器があったり。

持ち方も弾き方も何も分からなかったけれど、2人でああでもないこうでもないと音を出して遊んでいたあの頃は最高に贅沢だった。

そんな風にあらゆる楽器で遊んでみたけれど、結局最後は、2人で小さなハンドベルを一生懸命に鳴らすことに落ち着いたのは、いかにも私たちらしい結末だと思う。

私たちが遊ぶ日のご飯は、どこへ行っても決まってジョナサンだった。

遊園地やテーマパークに出かけて、周りにどれだけ美味しそうなレストランが並んでいても、わざわざ電車を乗り継いでいつものジョナサンまで戻ったこともある。

ひーちゃんはかなりの偏食で、ジョナサンに行ってもポテトかうどんしか食べられない。私は彼女の好きなものも、苦手なものも全部把握していた。そして、それに合わせることは少しも苦ではなかった。彼女が好きなものや興味があることにはとことん付き合うし、逆に彼女が嫌いなものには、私自身も自然と興味を持たなくなる。

時にはフライドポテトとドリンクバーだけで何時間も話し込み、気づけば外は真っ暗。慌てて門限ギリギリに帰るような、放課後の延長線上のような毎日だった。

1000km以上離れた場所で、それぞれの道を歩み始める

そんな日常に一度区切りがついたのは、私たちが高校に上がる頃。私は福岡へ行くことが決まった。

元々は小学校から大学までの一貫校。このまま当たり前に同じ学校を卒業して、大人になってもずっと一緒にいるものだと思っていたけれど、私たちは急に、1000km以上離れた場所で、それぞれの道を歩み始めることになった。

それでも、年に2回は必ず予定を合わせて会い、お互いの近況を報告し合った。ひーちゃんが握手会にサプライズで来てくれたりしたこともあった。数ヶ月ぶりに会っても気まずさなんて一切ない。私たちの関係は、あの頃のままな気がしていた。

だからこそ、あの1通の連絡には、少し不思議な感覚を覚えた。

「ごめん!バスが遅れちゃってて」

▲(梁瀬鈴雅提供)

しばらくして、ひーちゃんと例のお友達らしき人がドタバタとお店に入ってきた。

「福岡のバスは難しいもんね、しょうがないよ」と返した私に、2人はパッと目を合わせ、何かを共有しているような顔でふふっと笑い合った。

その一瞬の空気感に、胸の奥で小さな違和感というか、見慣れない距離のようなものを感じて、少しだけドキッとした。

「ここのお店の場所も難しかったんだよねー」と言うひーちゃんに、そのお友達が申し訳なさそうに口を開いた。

「すみません…ひーちゃんが感覚で歩き出すから、結局私が場所を調べ直して連れてきたんですよ。観光してる時も、ひーちゃんはずっとゲームしてるし」

昔から変わらないひーちゃんの自由奔放さにクスッとしながらも、それを当たり前のように話しているお友達の姿に、私はどこか圧倒されていた。2人の日常を目の当たりにして、言いようのない感情が胸をかすめる。