2018シーズンより横浜F・マリノスを率いているアンジェ・ポステコグルー監督。2019シーズンは優勝という最高の結果を残したが、その前年はクラブ初の残留争いに巻き込まれるなど、ポステコグルー体制は前途多難の船出であった。それでも自分の信じるアタッキングフットボールを曲げずに、チームに栄冠をもたらした彼は、一体なにを思い、なにを感じながらチームを指揮しているのか……。マリノスの番記者・藤井雅彦氏が紐解く。

※本記事は、藤井雅彦著『横浜F・マリノス  変革のトリコロール秘史』(ワニブックス刊)より、一部を抜粋編集したものです。

攻撃的なチームへ…新たな時代の波への出航

アンジェ・ポステコグルー監督就任の基本合意が発表されたのは2017年12月19日のこと。古川宏一郎社長はシティ・フットボール・グループ(以下、CFG)のネットワークを利用しながら人選を進め、テレビ電話などさまざまな方法を使って候補者にアクセス。

予算などの条件面と照らし合わせながら、独自の観点でふるいにかけていった。最後のひとりに残ったのが、直前の11月までオーストラリア代表監督として指揮を執っていた、アンジェ・ポステコグルーだ。

「クラブとして優勝を目指していますか?」

交渉の席でポステコグルーは古川社長にそう問いかけたという。この言葉が古川の胸に突き刺さった。選ぶ立場の人間が、反対に試されているような気持ちになった。

「私自身が彼と一緒に仕事をしたいと思い、最終的に決めた」<古川>

監督就任会見では、これまでどおり自らのスタイルで戦っていくことを高らかに宣言した。

「いままで20年間監督をやっていて、私は常にアタッキングフットボールをやってきた。横浜F・マリノスにやってきたからそれをやるのではなく、私のスタイルは20年間変わらない。攻撃的にプレーするためにはボールを持っていないといけないし、相手を圧倒するためにはボールを持つことが重要だ。ポイントは選手に自信を持ってプレーさせること。簡単ではないがそれを心がけて、チームのなかでお互いが信じ合ってプレーできれば、おのずと攻撃的なチームになっていく」

長きにわたって守備をベースに戦い、数々のタイトルを勝ち取ってきた横浜F・マリノスに、新たな時代の波が押し寄せようとしていた。これまでと180度異なるプレーモデルを掲げ、アンジェ・ポステコグルー監督率いる船が出航した。

▲攻撃的なチームへ…新たな時代の波への出航 イメージ:PIXTA

あえて「監督」という職業を演じている

決して口数が多い人ではない。本人が「私は人と距離を保つ。すべての人を尊重しているし、フェアに接している」と明言しているとおりだ。かといって常に穏やかで温厚なタイプでもなく、大きなジェスチャーとともに激昂するシーンをしばしば見かける。

ハーフタイムのロッカールームに怒号が響き渡ったのは一度や二度ではない。試合2日後の振り返りミーティングでは、映像で課題シーンを指摘。ここでも強めの口調で修正と改善を促していく。

「人なので感情はあるし、喜怒哀楽もある。でも見られ方を意識することもある。人格を無理に変えているというわけではないが、家族や友人と接しているときとまったく同じということはない」

監督としての立ち居振る舞いが周囲に与える影響力の大きさを理解している。だから、あえて監督という職業を演じている側面もある。日本人コーチという立場で入閣し、監督をサポートしている松橋力蔵コーチはポステコグルー監督をこんな言葉で表現する。

「とても人間らしい人です。喜怒哀楽がはっきりしていて、楽しければ笑うし、面白くなければ何も面白くないと言う。わかりやすく一喜一憂します」

一言で言い表すのが難しいところこそ、この人の魅力かもしれない。そして指揮官は選手に自主性を強く求める。

練習中も試合中も、自ら答えを述べるケースはほとんどない。例えば途中出場した選手に聞いても「指示は特になかったです」と答える場合が大半。ポジションの指示はあっても、その後のプレーについてもあえて細かく話さない。メディアに出せない企業秘密というよりも、本当に細かい指示は出していない。

だから答えすべてを求めてはいけない。プレーするのは選手だ。試合中、監督が代わりにプレーすることはできない。指示を出しても、異なる局面に出くわすかもしれない。

だから答えを待つのではなく、選手自身が考えて行動しなければいけない。就任当初、日本人の性格や考え方について、こんな見解を示していた。

「ピッチ外での日本人はとても礼儀正しくて、美しい。でも、ピッチ内ではもっとアピールして、自分を出して、表現力豊かにならなければいけない。ただし、それは監督の仕事でもある。選手のポテンシャルを引き出すことも監督の大きな仕事だ」

ボスの思考が少しずつ明らかになってきた。