ハントケーゼ

くさい度数★★★★★

南ドイツに旅したときに出合ったハントケーゼも、ナポレオン将軍が寝ぼけて妻の名を呼びそうな「女房のチーズ」のひとつである。このチーズは、見た目はカラスミに似ているが、これも表面熟成型のにおいの強いチーズで、くさやの干物とよく似たにおいがする。

▲カラスミ イメージ:PIXTA

ドイツでこのチーズを買い込んできた私は、おもしろい実験を思いついた。行きつけの飲み屋にもって行って、くさやの干物と聞けば千里の道も厭(いと)わずに駆けつけるであろう、くさや好き4人衆に試食してもらったのだ。くさやが好きなら、においが似ているハントケーゼも好きなはずである。

ところが、意外なことに、4人ともこのチーズはまったくお気に召さない様子だった。一口食べただけで、みな困惑したような顔で、うるさいほど賑やかだった彼らはピタリと黙ってしまったのである。民族の嗜好の違いには、かように大きな開きがあるのだ。

▲似たにおいでも敏感に違いを嗅ぎ分ける イメージ:PIXTA

民族とにおいの間には、目に見えない強い結びつきがあって、何千年もまったく接触する機会のなかったにおいに対しては、たとえ身近なにおいに似ていても、思わず警戒し、困惑してしまうのである。同じようなにおいでも、私たちは敏感にその違いを嗅ぎ分ける力をもっていて、それが遺伝子にすりこまれているのだろうと思う。

自らを“発酵仮面”と称し、世界中のチーズを食べつくしてきた小泉教授に、それぞれの「くささ」の度合いについて星の数で五段階評価してもらった。 発酵食品は宿命的に、くさいにおいを宿しているが、それこそが最大の個性であり魅力なのだ。

「くさい度数」について
★あまりくさくない。むしろ、かぐわしさが食欲をそそる。
★★くさい。濃厚で芳醇なにおい。
★★★強いくさみで、食欲増進か食欲減退か、人によって分かれる。
★★★★のけぞるほどくさい。咳き込み、涙する。
★★★★★失神するほどくさい。ときには命の危険も。

※本記事は、小泉武夫:著『くさい食べもの大全』(東京堂出版:刊)より、一部を抜粋編集したものです。