差別の感染が生み出す新たな悲劇

不安に駆られた人間はどういう行動をとるのか。今回のコロナ騒動で明らかになったことがあります。

未知のウイルスに対して強い恐怖を感じた人間は、病原体に感染した人間をも差別することがわかったのです。これが第3の感染です。

▲差別の感染が生み出す新たな悲劇 イメージ:PIXTA

本来であれば、感染した人はコロナの被害者ともいえます。しかし、コロナ感染者が発生したニュースが流れた途端、周囲ではいっせいに「犯人探し」が始まりました。

コロナウイルスの被害者である感染者はもちろん、その家族への偏見もひどいものがありました。ある地域では感染者の自宅の壁に心ない落書きがされたり、石が投げ込まれるといった被害も出たそうです。

感染者が発生したことを公表した企業や飲食店には、苦情や恐喝とも取れる電話が鳴り響いたといいます。感染者を特定しようという動きも盛んになりました。

地域で感染者が出ると、個人を特定してインターネット上でさらそうとする動きも目立ちました。これらは恐怖からくる行動のひとつでしょう。

この結果、何が起こったかというと、感染者は自らが感染していると自覚、あるいは感染の疑いを自覚していたとしても、自ら病院に行くことを恐れるようになってしまったのです。

「コロナに感染した」と言える環境が拡大を防ぐ

中傷を恐れた感染者が濃厚接触者の追跡調査に協力しなければ、感染拡大を防ぐ活動の最大の障害になってしまいます。

実際に症状の自覚があり、さらに検査で陽性と判定されたにもかかわらず、そのことを隠して公共交通機関で移動をした患者さんがいて、大騒ぎになったことがありました。この患者さんを擁護するわけではありませんが、もしかするとコロナウイルスにかかって不安だったのは誰よりもその人だったのではないでしょうか。

周囲の目が怖くて言い出せなかった、のかもしれません。さらに感染を広げる結果にもなりかねない。感染を恐れる気持ちは誰にでもあるだろうが、過剰な反応はかえって社会の不安を招く結果になります。

あらためて、どうやって第三の不安<差別>が生まれるのか確認しましょう。

  1. 目に見えないウイルスに対する不安が生まれる
  2. ウイルスへの恐怖から対象が感染者にすり替わる
  3. 偏見や差別をすることで距離を置いて安心感を得る

何より、憎むべきは感染者ではなくコロナです。差別が生まれることで、差別を受けるのが怖くて医療機関への受診をためらい、結果として病気が拡散します。

その負のスパイラルが生まれることが、コロナの最大の恐ろしさではないでしょうか。