ドイツオペラを確立させたワーグナー

オペラはイタリアで発明されたし、母音の多いイタリア語は、美しい歌唱に向いた言語であった。またオペラ・セリアは、ギリシャやイタリアが舞台であることが多かった。そうしたこともあって、ドイツ語でのオペラの発展は遅れた。

18世紀の後半にオペラブッファに近いが、台詞部分を音楽的なレチタティーヴォでなく、ドイツ語での語りでつなぐジングシュピールが盛んになった。

とくに、イタリア歌劇でも成功していたヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトが作曲した『後宮からの逃走』や『魔笛』(1791年)の出現は、ドイツ語によるオペラの最初の成功例である。

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、中世のローマを舞台にした『フィデリオ』(1814年)をただ1曲だけ残した。オペラとしては未熟だが、ドイツらしい重厚なオペラの方向性を示し、カール・マリア・フォン・ウェーバーは『魔弾の射手』(1821年)などで、本格的なドイツオペラ作曲家としての名声を確立した。その延長線上でドイツ的な総合芸術として、金字塔を打ち立てたのがリヒャルト・ワーグナーである。

▲リヒャルト・ワーグナー イメージ:PIXTA

『さまよえるオランダ人』『タンホイザー』『ローエングリーン』『パルシファル』『トリスタンとイゾルデ』は中世の騎士伝説。『ニュルンベルクのマイスタージンガー』は中世の市民階級。『ニーベルンの指環』〔『ワルキューレ』など四つの楽劇からなる〕は、北欧神話に題材を取ってドイツ民族の誇りをくすぐったが、最も熱狂したのがアドルフ・ヒトラーだったことはイメージを傷つけた。

ワーグナーの後継者というに値するのはリヒャルト・シュトラウス。『薔薇の騎士』はモーツァルトの『フィガロの結婚』の20世紀版の趣で大成功を収めた。『サロメ』『エレクトラ』などもある。アルバン・ベルクの『ヴォツェック』や『ルル』は、現代音楽領域では最も成功したオペラだ。

オペレッタは現代のミュージカルに近いテイストで、ヨハン・シュトラウスの『こうもり』やフランツ・レハールの『メリー・ウィドウ』などが知られる。

ロシアオペラではミハイル・グリンカが、その創始者といわれる。それに次ぐ世代のニコライ・リムスキー=コルサコフも多くのオペラを作曲したが、友人であるモデスト・ムソルグスキーの遺作を編曲した『ボリス・ゴドゥノフ』は、ロシア史に題材を求めていることもあり、最も人気の高いロシアオペラだ。

それに次ぐのは、ロシア近代文学の神様的存在であるアレクサンドル・プーシキンの有名な原作による、ピョートル・チャイコフスキーの『エフゲニー・オネーギン』である。

セルゲイ・プロコフィエフの『戦争と平和』や、ドミートリイ・ショスタコーヴィチの『ムツェンスク郡のマクベス夫人』は、20世紀ロシアのオペラ作品としては最も人気が高い。

※本記事は、八幡和郎:著『365日でわかる世界史』(清談社Publico:刊)より一部を抜粋編集したものです。