日本に「日の丸」と「君が代」があるように、世界の国々にもそれぞれ国旗と国歌があり、そこから国の歴史を読み解くこともできる。著書が140冊以上もある歴史家・八幡和郎氏に、数ある国の中から代表例を紹介してもらった。

※本記事は、八幡和郎:著『365日でわかる世界史』(清談社Publico:刊)より一部を抜粋編集したものです。

国旗にはその国の歴史が刻まれている

ヨーロッパでは王家や貴族の紋章が軍団のシンボルとして用いられており、それが国旗 の元になったものが多い。大航海時代のヨーロッパでは、オランダを嚆矢(こうし)として船舶の国籍を表すために旗を掲げることが多くなった。近代的な国旗が制定されるようになったのは、18世紀以降に近代国家が成立してからのことである。

フランスの三色旗(トリコロール)を例に取ると、フランス革命のころ、バスティーユ襲撃の3日後にパリ市役所に赴いたルイ16世に対し、「君主と民衆の崇高かつ永遠なる同盟」の印として、王政を表す白とパリ市の青と赤をあしらった三色帽章をつけさせたのが起源とされている。

そして、制憲議会は1790年にすべての軍艦および商船が三色旗を掲げるように決め、1794年には、国民公会が「国の三つの色が垂直の帯状に配色され、青が旗ざおに固定され、白が中央に、赤が空中にはためくように」するものを国旗とする法令を発布し、それからは、王政復古の一時期を除きフランス国旗とされている。

▲国旗にはその国の歴史が刻まれている イメージ:PIXTA

英国のユニオン・ジャックは、1801年の「大ブリテンおよびアイルランド連合王国」成立に伴って、イングランド王国の聖ジョージの旗(白地に赤い十字)、スコットランド王国の聖アンドリューの旗(青地に白の斜め十字)、アイルランドの聖パトリックの旗(白地に赤の斜め十字)を組み合わせたものだ。

アメリカの星条旗は、ストライプは独立当初の13州を象徴して不変だが、星の数はそのときの州の数なので、新しい州が加盟するたびに変化する。

日本の日の丸は、平安時代末期の源平合戦のころからあったといわれ、朱印船などの船印としても使用されていたそうだが、幕末にマシュー・ペリーの黒船が来航した直後の安政年間から国旗として使用され、1870年には国旗として布告された。

世界にはよく似た国旗も多い。インドネシア国旗とモナコ国旗は、上部が赤で下部が白の配色は同じだが、インドネシアは、縦横の比率が2:3で、モナコは4:5だ。ただし、国連やオリンピックでは、各国の国旗の縦横の比率を基本的に2:3に統一することにしているため区別がつかない。

ポーランド国旗はインドネシアやモナコと上下が逆だ。チャド国旗とルーマニア国旗は、青、橙、赤という同じ三色旗だが、青の色がチャドのほうがルーマニアより濃い。アイルランド国旗とコートジボワール国旗は、緑、白、橙の3色というのは同じだが、左右が逆なのが違う。

賛美歌風と行進曲風の国歌が多い理由

国旗と同じように国歌もオランダが嚆矢といわれている。独立戦争の過程で書かれた詩 『ヴィルヘルムス・ファン・ナッソウエ』をフランスの軍歌の旋律に乗せて歌ったのが始まりで、19世紀に各国でも採用された。日本、英国などのような賛美歌風のものと、フランスや中国のように行進曲風のものが二大潮流である。

▲賛美歌風と行進曲風の国歌が多い理由 イメージ:PIXTA

フランス国歌の『ラ・マルセイエーズ』は、フランス革命政府がオーストリアへ宣戦布告した1792年に工兵大尉クロード・ジョセフ・ルージェ・ド・リールが出征する部隊を鼓舞するために作詞作曲したものだ。それが、マルセイユの市民兵がパリ入城したときに歌ったので現在の名称になった。1795年7月14日に国民公会で国歌として採用された。

現在のフランス第五共和政憲法は、「国語はフランス語である」「国旗は青、白、赤より構成される三色旗である」「国歌はラ・マルセイエーズである」と定めている。

行進曲風の国家の代表であり、歌唱は難しいし、歌詞は「暴君を倒せ、敵を血祭りに上げろ」と血なまぐさい。そのため国歌斉唱はまれで、国歌吹奏が主流で、歌うのはプロの歌手によることが多い。

1992年のアルベール冬季オリンピックでは、少女にアカペラで斉唱させたところ、歌詞が過激なことが浮き彫りになり改変の可能性が話題になった。ただし、国家的な危機のときには、群衆から自然発生的に合唱が湧き上がる感動的な場面がしばしば見られる。

英国の『God save the Queen』は、1745年にカトリック派のプリンスがハノーヴァー王朝のジョージ2世を倒そうと攻撃したが、そのときに、国王を守ろうという趣旨で歌われ出し、19世紀になって国歌として定められた。

ドイツ国歌はフランツ・ヨーゼフ・ハイドンが作曲した『神よ、皇帝フランツを守り給 たまえ』から旋律を拝借して19世紀に『世界に冠たるドイツ』という歌が作曲され、それがワイマール共和国の国歌とされた。

戦後、西ドイツでは早い時期にこの国歌を復活させたが、 歌詞は1番の「ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ」というものを使わず、3番の「統一と正義と自由を父なる祖国ドイツの為に」を使用している。

君が代は1869年に『古今和歌集』に淵源(えんげん)があり、薩摩琵琶歌の『蓬莱山』のなかにもあった『君が代』を歌詞に英国人フェントンが作曲したのが始まりだが、1880年に雅楽調の現行の曲に差し替えられ、その後、国歌として使われたものだ。


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明日から「まいにち世界の文化史」として、歴史や文化が好きな知的好奇心旺盛な読者を対象に、現在の世界にも直結した要点とトリビア的なおもしろい話を集めて、社会人としての教養にもなり日々の雑談にも使える連載を始めます、お楽しみに。