新型コロナウイルスは中国の「チェルノブイリ」

ソ連崩壊の一因とされるのが、1986年のチェルノブイリ原発事故という公共衛生大事件でした。公共衛生大事件が引き起こすパニックを鎮めるには「正しい情報」が不可欠でした。ソ連共産党のゴルバチョフ書記長は、グラスノスチによってメディア統制、言論統制を解除することでパニックを鎮めようとしました。

▲チェルノブイリ原子力発電所発電施設(2007年) 出典:ウィキメディア・コモンズ

社会主義専制国家の平均寿命が70年とすると、旧ソ連のチェルノブイリと、中国にとっての新型コロナウイルスは、ほぼ同じ歴史的役目を果たすことになるかもしれません。

つまり、経済低迷と政治システムの機能不全という慢性病に罹っている老人国家が、罹患する最後の病、あるいは発作。それは体制の死に至るものかもしれません。

もし習近平が多少なりとも賢明さを残しているとすれば、ゴルバチョフと同じようにグラスノスチに踏み切るでしょう。

人々が疑心暗鬼に陥り、社会がパニックになり、経済が瀕死になった状況を立て直すには、正しい情報を共有し、間違った政策には間違っているという声を現場が上げ、メディアがその声を正しく広く世間に伝えるということが必要なのです。

▲グラスノスチを推進したミハイル・ゴルバチョフ(ソ連最後の最高指導者) 出典:ウィキメディア・コモンズ

そのことに中国人自身は気づいており、だから良心的知識人は李文亮の命日を「言論自由日」に制定せよ、と訴えるのです。

おそらく気づいていないのは、習近平とその周辺の役人ぐらいではないでしょうか。もしこのまま、そのことに気づかず、情報統制の強化と、異見者の弾圧とを続け、人民を最大の仮想敵として共産党政権を運営していくのだとすれば、近いうちに中国の国内は乱れることになるかもしれません。

もっともグラスノスチに踏み切れば、習近平が望むような極権体制の維持は難しくなり、旧ソ連のように共産党一党独裁体制が終焉する、というシナリオになることでしょう。

どちらを選択しても、習近平政権にとって「敗北」という厳しい結果です。しかし、中国で暮らす普通の人々にとっては、グラスノスチによる体制変革の方が、より混乱期が短く済み、国際社会とも連携して積極的な支援に取り組みやすくなるのではないでしょうか。

生まれ変わる「中国」に期待したい

敗北には、美しい敗北とそうでない敗北があります。

「美しい敗北」とは、大局的により良い結果を求めて、あえて選ぶ敗北です。チャイナウォッチャーであり習近平ウォッチャーとしては、習近平総書記殿には「美しい敗北」を選んで、中国共産党史の最後の1ページに、その名を刻んでいただきたいと思うわけです。

▲習近平と李克強 出典:ウィキメディア・コモンズ

中国が法治国家の一員として、私たちが信じる普遍的価値観を共有できる国になれば、香港は一国二制度がなくても、自由と民主と法治を維持することができ、国際金融都市の地位を失わずに済みますし、中台は統一できるかもしれません。日本と中国の間にも、同盟関係だって結べるかもしれません。

このパンデミックが鎮静化したとしても、そのあとで、非対称形の“世界大戦”時期がしばらく続くでしょう。

そして、その時期を経て次に現れる新たな国際社会の枠組みのなかでは、中国が私たちと共通の民主と自由と法治を重んじ、人権・人道を重視する国家として生まれ変わって、大国としての責任を果たせるようになっていることが、私の希望するシナリオなのです。