武漢市民は、習近平政権つまり共産党の正能量(ポジティブ・パワー)報道キャンペーンに不満を爆発させ、その様子はネットやSNSで拡散されています。中国ウォッチャーの第一人者・福島香織氏が語る、コロナショックを経て新たなフェーズに突入した中国の現在とは?
※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
「汪洋アゲ」はすなわち「習近平サゲ」
2020年3月5日におこなわれた副首相・孫春蘭の武漢視察では、正能量報道の「美談」を捏造させられていた住民たちが不満を爆発させ「噓だ! 噓だ! 全部噓だ!」「私たちは高い野菜を買わされている」「形式主義だ!」などの罵声を孫春蘭ら党中央のメンバーに直接あびせるという異例の事件がありました。
これでメンツを潰されたのは、孫春蘭一行をアテンドしていた武漢市書記の王忠林でしょう。
武漢市の書記である王忠林は、武漢での肺炎拡大阻止に失敗した責任をとって武漢市書記を更迭された馬国強の後任として、1カ月前に山東省済南市の書記から転任してきたばかりでした。
王忠林としては、武漢市における肺炎感染のアンダーコントロールという重要任務に失敗すれば、今度は自分が失脚することになると分かっています。
だからこそ中央の号令を受けて、必死で「正能量報道」にも力を入れてきたのに、それが仇となって、中央指導部の工作チーム視察という大事な場面で、指導幹部たちが市民から罵声を浴びせられるという大失態を犯してしまったわけです。
しかも、10日には習近平の武漢入りが予定されていました。習近平視察の現場で、同じような失態を犯しては取り返しがつきません。
そこで、3月6日に「習近平に恩義を感じよ」と全民に訴える「感恩(感謝恩義)教育」キャンペーンを打ち出しました。これは新型コロナウイルスと戦う習近平総書記と共産党に感謝と恩義を感じ、共産党の言うことを素直に聞き、党とともに歩み、強大な正能量(ポジティブ・パワー)を形成しようと全人民に呼び掛けるものです。
でも、武漢市民からすれば、習近平のせいで、武漢が感染症の震源地となったわけです。恩義感謝など、強いられても反感を生むだけです。ネット民は汪洋の「昔の名言」を引き合いに出して、王忠林のキャンペーンを暗に批判しました。
2012年当時、広東省書記の汪洋は、第11回党代表大会会議のときに「人民の幸福は党のおかげである、という誤った認識は破壊しなければならない」と、王忠林とはまったく逆の発言をしたことがありました。
この発言は「共産党がなければ新中国はなかった」といった、共産党礼讃の発言しか許されないという言論タブーを破ったものとして『南方都市報』が社説で取り上げるなど話題になりました。
汪洋は、開明派の胡耀邦の意志を継ぐ共産主義青年団派の官僚政治家。これは毛沢東回帰路線と呼ばれる習近平の政治志向と真逆を行くもので、ネット民の「汪洋アゲ」は、王忠林のキャンペーンへの反感だけでなく、すなわち「習近平サゲ」を意味するものでした。