「黄色ずん」だ母と「クモの巣」

▲いったい何年ぶりの帰郷だろうか… イラスト:トキワセイイチ

実家へ帰ってみて、事態の深刻さをあらためて知ることになる。

久しぶりに会った母の顔は、黄色ずんでいた。日本語としては「黄ばむ」のほうが正しいのかも知れないが、ぼくの印象は「黄色ずむ」だ。医師の診断書には「具合が悪くなったら、救急車を呼んで病院へ来るように」との注意書きがされていた。これは軽い肺炎ではない。

こんなとき、普通ならネットで「肺炎 黄疸」などと入れて検索するところだろう。しかし、70代後半のおじいちゃんとおばあちゃんが二人で暮らす田舎の家に、パソコンやインターネットという便利な文明は開通しておらず、あるのは母の「らくらくホン」〔中高年向けのシンプル機能のケータイ〕くらい。

ぼくも、当時はガラケーしか持っていなかったから、欲しい情報がすぐには得られない。毎日、当たり前にネットを使っていた人間が、ネットのない環境へ行くと、言葉にしろ地図にしろ、こんなにも不便なのかと実家に着いて数時間で気付いた。グーグル帝国のありがたみは、グーグルのない海へ放り込まれれば分かる。

もうひとつ深刻だったのは、想像以上の父のボケっぷりである。

母がこれだけ重篤な病気にかかっているというのに、状況をまるで理解していない。数年ぶりに帰ってきた息子にも「おお、どうした、何しに来た?」と、きょとんとしている。最初から息子と判別できていたのかすら、あやしい。

ふと見上げると、居間の天井の隅にはクモの巣が張っていた。父がまともなら、こんなことはありえない。

4~5年ぶりの帰省には、なつかしさとか、敷居の高さとか、その種の感情がわいてくる隙間もなかった。

母については、その日のうちに入院の手続きをとった。家から遠くない場所に大きな総合病院があり、かかりつけだった近所のお医者さんの紹介状などもあって、スムーズに入院することができた。

ひとまず母は病院に任せるしかない。あとは医師や看護師にゆだねて快復を願うのみだ。

問題は父である。認知症が進んでしまった父の処遇をどうするか。そこへケアマネジャーと呼ばれる推定40代の女性が現れた。

ケアマネジャー、通称ケアマネ。正式には「介護支援専門員」と呼ばれる資格職で、介護や支援の必要な人のケアプランを作成したり、介護サービス事業者との連絡や調整をしてくれる。数ヶ月前から父の担当に付いている人で、母があらかじめ呼んでおいてくれた。