もしかして、オレ、お呼びじゃない?

ケアマネジャーさんが、聞き慣れない単語を多数まじえながら説明する。

「お父さまは、ショートステイでしばらく見てもらうしかないと思うんですね。ただ私も、あちこちあたってみたんですけども、なにぶん急な話でしょう、どこのトクヨウも空きがなくて、うちの関連施設はあそことあそこにあるんですけども、どこもいっぱいで、すぐには難しいんですね」

ショートステイ? トクヨウ? どうにか理解しようとするが、意味が分からない。

ショートステイは、たぶん「短期滞在」だろう。でも、トクヨウってなんだ? 徳用? 得用? 箱売りのチョコレートや業務用サランラップばかり浮かんでしまい、頭の中をクエスチョン・マークが駆けめぐる。

ケアマネさんの説明は続く。

「でも、週末になりますと、ショートステイに空きが出るところがあります。ですから、週末だけそこにお願いして、しばらくの間、お父さまを預かってもらえるよう手配しておきましたので、それでよろしいでしょうか」

それまでは、介護にまつわるニュースをテレビや新聞で目にしても、ずっと他人事だと思っていた。

「介護疲れの末に、80歳の夫が認知症の妻を絞殺」なんていう悲しすぎる事件を聞いても、それを身近な出来事として取り込むこともなく「大変だねえ」で済ませていた。だから、この種の福祉・介護関連の単語や仕組みが全然分からない。

病気の母の手助けをするため、仕事もほっぽり出して実家へ帰ってきたのに、ひょっとしたら自分は何の役にも立たないのではないだろうか。

もしかして、オレ、お呼びじゃない? ケアマネジャーの話を聞いているうちに、どんどん不安になっていく。

ショートステイは「施設の短期入所」で合っている。トクヨウは「特養」、特別養護老人ホームの略称だ。

ケアマネの話を要約すると、父は週末だけ介護施設に預かってもらえることになった、あとはあなたが面倒を見てあげてください、それで良いでしょうかという提案だった。

ただし、きわめて個人的な難題も存在した。母が入院している間、ぼくが父の世話をしながら、ひとつ屋根の下で暮らすという、その恐ろしいミッションである。

ぼくがほとんど実家に帰らなかった理由。父の現状をろくに知らず、介護のニュースも身近に感じられなかった理由。

それは、ぼくと父親が長年、折り合いが悪く、はっきり言えば不仲だったからだ。

※本記事は、note連載「介護幸福論」『母からの突然のSOS…新潟行きの新幹線に駆け込んだ』『帰ってきたけど、もしかしてオレ、お呼びじゃない?』回より一部を抜粋編集したものです。


独身中年息子による介護奮闘記。BEST T!MESでも好評を博した「母への詫び状」が、ペンネームだった著者が実名を明らかにし、「介護幸福論」として再スタート。著者は“王様”として業界に名を轟かす競馬ライターの田端到さん。記憶の糸をたどりながら6年間の日々、そこで見つけた“小さな幸せ”を綴っていきます。