改正のきっかけとなった台湾での殺人事件
香港の立法会に逃亡犯条例改正案が提案されたきっかけは、台湾で起きた「陳同佳(ちんどうけい)事件」です。
2018年2月、香港人男子学生の陳同佳が、恋人の潘暁穎(はんぎょうえい)を旅行先の台湾のホテルで殺害し、翌日、遺体を台北MTRの竹園駅近くの公園の草むらに遺棄し、香港に逃げ帰った事件です。潘は妊娠しており、その子供の父親が誰かという痴話喧嘩から、このような残虐な事件が起きたと言われています。
事件は台北で発生し、被害者の遺体も台北にありますから、台北の司法機関が立件しなくてはなりません。また香港の刑法では、児童買春以外の犯罪では、香港外で起きた殺人については香港内で立件することができません。
台湾も香港も独立した法治システムを持っていますが、中国の特別行政区としての香港の立場としては、台湾は中国の一部とみなしています。なので、香港と台湾の間には犯罪者引渡協定が成立しておらず、台湾警察は陳同佳を国際指名手配しても、香港としては容疑者を引き渡すことができませんでした。
台湾警察は取り調べができないので、起訴できないままでした。香港警察は陳同佳をマネーロンダリングなどの別件で起訴し、香港司法は2019年4月に懲役29カ月の判決を下していました。陳同佳は控訴しませんでした。なぜなら判決前の収監期間を入れれば2019年10月には出所し、自由の身になるからでした。殺人を犯していることは明白なのに、殺人犯として裁かれないということになります。
台湾は、この事件に関しては特例として、香港に時限的に条例改正して陳同佳を引き渡すように再三求めたのですが、香港としては立場上、時限的とはいえ“中国の一部”である台湾とだけ条例を結ぶことは難しかったのです。
そこで2019年になってから、条例改正案では台湾だけでなくマカオ、そして中国本土とも容疑者引渡しを認める内容に改正しようと言い出したのでした。香港保安局は3月26日に改正案を香港立法会に提出しましたが、民主派議員たちは前述した理由で、これに真っ向から反対を唱えました。
改正条例案では、引渡請求を受け、香港の裁判所で審理を行うが、最終決定権は香港特別政府行政長官が握る、としています。香港当局は、人権と裁判審理プロセスの公正さは担保されるし、容疑者が死刑執行される場合や容疑者が政治犯の場合は引き渡さない。また、上訴や審理差し戻し請求の権利なども維持されており、人権に関わる大きな問題はないし、経済犯罪についても重大犯罪のみに限定するとしました。
ですが現状、香港の司法制度の独立性が目に見えて中国当局に侵されてきているわけで、香港市民はこうした香港政府の説明に納得しませんでした。
反対派は、行政長官自体が親中派で固められている選挙委員会による選出であり、中国の意向に逆らえない立場であることから、条例案のなかにいくら政治犯の引渡しを認めないという内容があっても、他の冤罪などをでっちあげて引き渡すことは十分にありうると考えていたのでした。
反対派は3月31日に、この改正案反対の最初のデモを起こします。このときのデモ参加者は主催者発表で1万3000人(警察発表は5200人)でした。
香港の立法は「三読制」と言われ、立法会議本会議で三度の審議を経て可決されます。第一読会は4月3日に行われました。香港政府は、陳同佳が出所する前の成立を目指していましたが、議論が進むにつれて、反対運動もどんどん広がっていきました。
マネーロンダリングの場であった香港
この改正案への抵抗感は、実は香港の民主派議員や人権・宗教組織関係者、共産党批判の香港市民といった特定のイデオロギーを持った人たちに限ったものではありませんでした。親中派のビジネス界、金融界やメディア界にも共有されていきました。
というのも、香港というのは国際金融市場を利用して、本土から不正に持ち込まれた政治家・官僚たちの資産を、ロンダリングして海外に移転する手助けをしてきた「一大マネーロンダリング市場」でもあったからです。
香港の金融界・財界の少なからぬ有名人たちは「ホワイト・グローブ(白手袋)」と呼ばれ、汚れた手を“白手袋”で隠すように、違法な資金洗浄を合法的に見える手法でやって、その見返りとして中国の官僚や政治家からキックバック、あるいは中国大陸市場での優遇、チャンスやインサイダー情報などを得ることもありました。
もし逃亡犯条例が改正されれば、中国国内の権力闘争のたびに、香港の金融・財界人が逮捕され、中国に引き渡されて取調べを受ける、なんてこともありうるわけです。
また香港は、これまで中国国内の権力闘争がらみで、反腐敗キャンペーンのターゲットになった官僚・政治家の一時避難所でもありました。自分の身辺に汚職捜査の手が伸びそうだと思ったら、香港に脱出し、権力闘争の旗色を見ながら米国に亡命するか、ほとぼりが冷めたころに中国に戻るかを決める、なんてことは普通にありました。
胡錦涛前国家主席の側近の官僚政治家・令計画の家族が絡む山西省の大汚職事件で、山西省の官僚が芋づる式に汚職で捕まっていたころ、香港・セントラルのフォーシーズンズホテルの上層階は、公用語が山西語だったと言われるほど、逃げてきた山西省官僚でいっぱいでした。
中国政府駐香港連絡弁公室〔香港中聯弁:香港における中国中央政府の出先機関〕によれば、1997年の香港返還後、本土から香港に260人以上の汚職容疑者が逃亡し、潜んでいるそうです。条例が改正されれば、彼らの引渡しが一斉に始まるかもしれません。
こうした動きのなかで、金銭的に余裕がある人たちは、台湾・米国・カナダ・オーストラリアに脱出し始めました。
銅鑼湾書店事件で中国公安に秘密逮捕され、長期に取調べを受けたのち、自主的に中国に戻ることを条件に一時的に香港に戻ることを許されたのですが、中国に帰らず香港で記者会見して秘密逮捕の内幕を暴露した銅鑼湾書店主の林栄基は、私もよく知っている人物です。その林栄基も、4月の条例改正案の第一読会が始まった時点で、切実に身の危険を感じたのでしょう、4月末には台湾に脱出しました。
こうして4月の第一読会の後、この条例への危機感は民主派だけでなく、ビジネスマン・金融マン・親中派、そしてひそかに中国本土の官僚たちも恐れ始めました。
4月28日に2回目の反対派のデモが行われましたが、このときの参加者は主催者発表で13万人に膨らみました。
本土官僚とパイプの深い親中派、建制派(体制派)の立法会議員たちは、中国に表向き忠誠を誓っており、中国政府の代弁者でもある林鄭月娥(りんていげつが/キャリー・ラム)行政長官の意向に逆らうことはできませんが、こうした反対派を説得するために委員会を設置して、入念に議論するという建前で、第二読会(2回目の審議)を6月13日にまで引き延ばすことに加担していました。
そして6月13日の第2回目審議直前の週末の9日、これを阻止しようと3回目の反対デモが呼び掛けられ、予想を上回る103万人規模の市民が集まったのでした。これは条例改正反対が香港人の総意であるということを示す結果でした。
※本記事は、福島香織:著『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。