村山実:手抜きなしの全力投球

村山実さんは、私と同じ兵庫県尼崎市で育った。ちょうどひと回り、12歳上で兄貴のような存在だった。洗練されていた村山さんは、野球漫画『巨人の星』の星飛雄馬のライバル・花形満のモデルになった。

プロ入りの契約金は、巨人が2000万円を提示したのに対し、阪神は500万円。それでも「東京の人間に負けたくない」と迷わず阪神を選んだ。そんな浪花節の人間、いまいるかい?

私の阪神入団が決定したとき、芦屋のマンションに招待してもらって嬉しかった。応接間には、まばゆいばかりの表彰トロフィーが所狭しと並んでいた。

小山正明さんもそうだったが、10点リードしていても手抜きなし。いつも全力投球なので「ザトペック投法」と呼ばれた。漂う悲壮感。投げている姿はカッコよかった。〔編集部注/ザトペック=52年ヘルシンキ五輪のマラソンで、金メダリストとなったチェコスロバキアの陸上選手。苦しげな表情と荒い息づかいで走った〕

プロ1年目の59年、天覧試合で長嶋茂雄さん(巨人)にサヨナラ本塁打を浴びた。

「あれはファウルや!」

そのフレーズを私は10回や20回どころではない。100回以上聞いている。打球は完全に入っていた。私が言わんとするのは村山さんの「負けず嫌い」「打倒東京」「打倒長嶋」のことだ。

その後、ライバルと位置づけた長嶋さんから通算1500奪三振目と通2000奪三振目を奪った。直接対決は通算302打数85安打で打率281、21本塁打39三振。62年に思い通りのフォークボールが完成し、65年から『三段投法』を駆使して、本来のスリークォーターからスライダーフォーク、サイドスローからシュートフォーク、オーバースローから真っすぐ落とすフォークを、きれいに投げ分けたそうだ。

そういえば、私は現役18年間で計9人の監督に仕えたが、特に思い出に残るのは、巨人・阪神両方の監督を務めた藤本定義さん、村山さん、野村克也さん(南海)。村山さんと野村のおっさんは、私に「打者との対戦をメモに残すこと」を教えてくれた。