読むのに1分もかからないシンプルな「一文」が、人生を変えてくれるかも。何かに悩んでいる時に、答えに導いてくれるのは「本」かもしれない。日本一書評を書いている印南敦史さんだからこそみつけられた、奇跡のような一文を紹介します。

人生を変える一文 -『 オオカミとは “生まれながらの”自分だ。』-

▲わたしはオオカミ/アビー・ワンバック(海と月社)
LGBTであることを公表し、女性の活躍を応援する活動を行う女子サッカー界のレジェンド、アビー・ワンバック。本書は、引退後に名門女子大学バーナード・カレッジの卒業式で述べた祝辞が、最高に「胸躍るスピーチ」として話題沸騰となり生まれた本。「古いルールを捨て、悔いなき人生にする」ための「クール」で「しなやか」な8つの方法を紹介している。NYタイムズベストセラー第1位を獲得するなど、全米ベストセラーとなった。

「僕は、女には興味がないから」――ある上司の告白

1980年代なかごろの話。

当時はデザイン会社に勤めていて、直属の上司であるIさんに厳しく育てられ、そしてかわいがってもいただきました。

遅くまで一緒に残業し、そのあとは飲んで帰るような毎日。とても充実していたのですが、仕事の内容とは別に、ずっと気になっていたことがあったのでした。そこである日、居酒屋のカウンターでそのことを話題に出してみたのです。

「僕、Iさんが休日に彼女を連れて歩いてる場面が、どうしても想像できないんですよね」

それはなんの意図もない、極めて純粋な疑問でした。とにかく、そういう“絵”を思い浮かべることができなかったのです。すると、Iさんの口からはこんな返事が返ってきました。

「僕は、女には興味がないから」

それを聞いて思わず「はー、硬派なんですねえ!」と答えてしまった僕も鈍感の極みですが、Iさんは「いや、そういうことじゃなくて、男が好きなんだ。物心ついたときからそうだった……」と続けたのでした。

僕は、もとからゲイに対してまったく偏見がなく、男と女がいるように、“そうでない人”がいるのも当然だと思っていました。だから「あ、そうなんですか」と答えたし、だからどうだとも思わなかったのですが、彼にとってはそんな簡単な問題ではなかったようです。

いまでこそLGBTは認知されていますが、1980年代当時は(Iさんによれば)ゲイが受け入れられる土壌はなかったというのです。

「君なら分かってくれると思ったから話したけど、もしこのことが他の人に広まったとしたら、僕は会社にいられなくなる」

「そうかなぁ? そんなもんですかねえ?」

「いや、そうなんだよ。僕はずっと隠して生きてきたから、それははっきり分かるんだ」

悲観的になりすぎじゃないだろうか、とも感じましたが、どうやらそれは実体験に基づく考えであるようでした。つまり、過去にゲイであることを恥じなければならない経験が何度かあり、だから「こっそり生きていこう」という考えになったのだろう、ということ。