読むのに1分もかからないシンプルな「一文」が、人生を変えてくれるかも。何かに悩んでいる時に、答えに導いてくれるのは「本」かもしれない。日本一書評を書いている印南敦史さんだからこそみつけられた、奇跡のような一文を紹介します。
人生を変える一文 -『 オオカミとは “生まれながらの”自分だ。』-
「僕は、女には興味がないから」――ある上司の告白
1980年代なかごろの話。
当時はデザイン会社に勤めていて、直属の上司であるIさんに厳しく育てられ、そしてかわいがってもいただきました。
遅くまで一緒に残業し、そのあとは飲んで帰るような毎日。とても充実していたのですが、仕事の内容とは別に、ずっと気になっていたことがあったのでした。そこである日、居酒屋のカウンターでそのことを話題に出してみたのです。
「僕、Iさんが休日に彼女を連れて歩いてる場面が、どうしても想像できないんですよね」
それはなんの意図もない、極めて純粋な疑問でした。とにかく、そういう“絵”を思い浮かべることができなかったのです。すると、Iさんの口からはこんな返事が返ってきました。
「僕は、女には興味がないから」
それを聞いて思わず「はー、硬派なんですねえ!」と答えてしまった僕も鈍感の極みですが、Iさんは「いや、そういうことじゃなくて、男が好きなんだ。物心ついたときからそうだった……」と続けたのでした。
僕は、もとからゲイに対してまったく偏見がなく、男と女がいるように、“そうでない人”がいるのも当然だと思っていました。だから「あ、そうなんですか」と答えたし、だからどうだとも思わなかったのですが、彼にとってはそんな簡単な問題ではなかったようです。
いまでこそLGBTは認知されていますが、1980年代当時は(Iさんによれば)ゲイが受け入れられる土壌はなかったというのです。
「君なら分かってくれると思ったから話したけど、もしこのことが他の人に広まったとしたら、僕は会社にいられなくなる」
「そうかなぁ? そんなもんですかねえ?」
「いや、そうなんだよ。僕はずっと隠して生きてきたから、それははっきり分かるんだ」
悲観的になりすぎじゃないだろうか、とも感じましたが、どうやらそれは実体験に基づく考えであるようでした。つまり、過去にゲイであることを恥じなければならない経験が何度かあり、だから「こっそり生きていこう」という考えになったのだろう、ということ。