「健康な体を保つ」「長生きしたい」と思ったとき、運動をしたり食事に気をつかったりする人は多いですが、口の中のことを気にかける人はあまりいません。昔、“芸能人は歯は命”というテレビCMがありましたが、誰にとっても歯は大切なもの。歯の喪失が介護状態を招くことになると、歯科医師・ほりうちけいすけ氏は警鐘を鳴らします。
※本記事は、ほりうちけいすけ:著『歯の寿命を延ばせば健康寿命も延びる』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
健康寿命を脅かす初期兆候は「口」に現れる!
昨今、厚労省や各自治体・医師会・歯科医師会をはじめとした多くの団体において、健康寿命を延ばす取り組みが盛んになっています。せっかく寿命が延びるなら、介護に頼る必要がないような健康な状態でいられる方が良いのは、万人の賛同するところでしょう。
その一環として、ここ数年オーラルフレイルという言葉が注目を浴びるようになってきました。この概念は、東京大学高齢社会総合研究機構の辻哲夫特任教授や飯島勝矢教授らによる、大規模健康調査等の厚生労働科学研究によって示されました。
オーラルとは“お口”のことです。フレイルとは心身機能の衰えのことで、介護状態の一歩手前の状態を指します。介護状態と違う点として、フレイルは可逆的で、この段階で適切な介入を行うことにより、介護状態を回避できることがあることです。
この身体フレイルの前段階に、お口の機能の軽微な衰えが生じることが多く、これをオーラルフレイルと呼んでいます。
状態としては、高齢になってお口の筋肉や活力が衰え、歯・口の機能が虚弱になることで、具体的には「しゃべり方がぎこちなくなる」「食べこぼし」「軽くむせる」「噛めない食品が増える」「口の乾燥」等の症状が、オーラルフレイルに該当します。
このオーラルフレイルは、健康と機能障害との中間にあり、介護状態に至る過程のごく初期の入り口と位置づけられ、健康長寿に向けての早期介入時期と考えられています。言い換えますと、健康寿命を脅かす初期兆候は、お口に現れることが多いのです。ですからオーラルフレイルを回避することが、健康長寿への大きな道しるべとなります。
若い人にはピンとこないかもしれません。むしろピンとこないのが当然と言えば当然です。しかし何十年かあとには必ず経験することなのです。
総入れ歯の噛む力は元の30%しかない
では、どのようにしてオーラルフレイルが生じるのでしょうか。
流れとしては、
歯の喪失
↓
噛む力の低下
↓
食べ物の制限
↓
栄養状態の悪化
↓
身体・精神機能の低下や気力・体力の低下
↓
生命・生活の質の低下
という順に進み、やがて介護状態に移行していくことになります。ですから、できるだけ早い段階でこれらを阻止することが望まれます。
「歯がなくなれば、入れ歯を入れればいいではないか」と簡単に思われる方も多いかもしれません。
しかし入れ歯というのは義歯、いわば道具です。義手や義足のようなものです。使いこなすまでに忍耐力と調整の繰り返しが必要です。
最初は、リハビリを行っているようなものなのです。また生きている限り生体は変化しますので、その都度微調整が必要となってきます。残っている歯の数が減り、入れ歯が大きくなればなるほど、この労力は大きくなっていきます。
また、総入れ歯になると、良く噛めても噛む力は元の30%と言われていますし、食べ物の制限は避けられません。それなら、総入れ歯になる前に、部分入れ歯によって回避すれば良いではないか、と思われるでしょう。それは間違いではありませんし、現実的に行われていることです。
しかし、部分入れ歯は残っている歯に負担をかけることになりますので、この負担がかかった歯が疲弊することによって、やがて喪失してしまうことが多々あります。ゆっくりとしたドミノ倒しみたいなものです。
ですから部分入れ歯を入れても、その後、幾ばくかの歯の喪失を避けられない場合も多く、その結果残っている歯の数がだんだん減っていくのです。
そもそも歯の喪失がなぜ起こったかを考えますと、それまでのお口の清掃習慣等が悪かったからになりません。この点を改善しようとせずに、形だけを整えようとしてもそこには必ず無理が生じます。
やはり、歯の喪失に至った根本原因を改善することを避けて通るわけにはいかないのです。