全てはセーラームーンから始まったと言っても過言ではありません

初めまして、松澤千晶と申します。フリーアナウンサーとして経済番組やニュース番組を経た後、現在はホリプロという事務所に所属しております。

幼少期よりアニメや漫画などの創作物が生きる支えになっており、ありがたいことに現在はその分野でお仕事させていただく機会が多く、至らない自分に日々反省しながらも、娯楽の為に生きて死ねたら本望です。

前置きはさておき、私くらいの世代(1985年生まれ)ですと、やはり『美少女戦士セーラームーン』という作品は、そのような世界へ“のめり込む”大きなきっかけとなりました。

少し大袈裟な表現になりますが、女の子にとっては義務教育のようなもので、あの時代の子どもたち……女の子だけでなく男の子も、子どもたちだけでなく大人たちも、性別年齢問わず、セーラームーンは避けて通れない存在だったのです。

そこで今回は、新作の劇場版も公開され、今も尚、輝きを放ち続ける『美少女戦士セーラームーン』について、お話させていただきます。

▲「娯楽の為に生きて死ねたら本望です」と語る松澤千晶さん

「愛と正義のセーラー服美少女戦士、セーラームーン! 月に代わってお仕置きよ!」

この口上の持つ意味を、当時はまだよくわかっていませんでした。わかっていたのは美少女だということくらいです。

愛とは。正義とは。

この世に絶対的に正しいものなどなく、自分の信じるものを正義として進んでゆくしかない。では、何を信じたら良いのか。それが「愛」という、最も不確かで確かなものだと感じたのは、大人になってからです。

私は今でもまだ、愛というものがよくわかりません。◯◯愛という単語を見かけては、懐疑的になってしまう。そのくらい都合良く使われる言葉だからです。

しかしながら、セーラームーンが、セーラー戦士が、彼女たちを取り巻く全ての人々がすでに教えてくれていたのです。大人になって改めて、セーラームーンからたくさんのことを学んでいたことに気が付きました。