2014年、国際宇宙ステーション(ISS)滞在中に、地上にいるホーキング博士と衛星回線で対話した宇宙飛行士の若田光一さん。筋萎縮性側索硬化症(ALS)に侵されたホーキング博士の声は、コンピュータプログラムによる人工音声だったにもかかわらず、とても親しみやすく、博士の温かい人柄を深く感じさせたそうです。
これは、2019年に惜しまれつつ逝った車椅子の天才宇宙物理学者・ホーキング博士の名言を若田さんが読み解き、ホーキング博士の「脳内宇宙」を宇宙飛行士が旅した記録です。
宇宙空間で感じた広大な未知の世界への敬虔な畏怖
なぜ、この宇宙は存在しているのでしょうか?
どうして無ではないのでしょうか?
なぜ、私たちは存在しているのでしょうか?
なぜ、自然世界の法則は
今あるようになっているのでしょうか?
どうして、ほかの法則ではないのでしょうか?
これは、生命、宇宙、万物についての
究極の問いかけです。
『ホーキング、宇宙と人間を語る』より
宇宙空間で宇宙を眺めていると、不思議な思いに駆られることがあります。宇宙から見ると、瞬くことなく輝く無数の星々が三次元的に広がり、その空間のその先に佇む暗黒の深い闇に、自分がその漆黒の世界の中にのみ込まれていってしまうような気分になります。
その時に感じたのは、底知れぬものに対する恐怖感のようなものではなく、我々が知らない広大な未知の世界が目の前に広がっていることへの、一種の敬虔な畏怖とも言える心持ちでした。そしてその闇の中には、我々がまだ理解できていない事象・領域・次元といったものが、確実に存在しているという直感のようなものを抱きました。
我々は普段、自分の目で見える、耳で聞こえる、肌で感じられる、などといった五感で知覚できるものを情報源とし、さまざまな判断基準としています。ですが、あの宇宙空間の闇を見つめていると、我々が五感で感じられることは限られており、まだまだ知らないことだらけなのだという実感がわいてきます。
宇宙に行って、無重量環境にある国際宇宙ステーション(ISS)の中で目を閉じて、ふわふわ浮きながら宇宙の暗黒の闇に思いを馳せると「自分の存在の不思議さ」のようなものを強く感じます。
ただそうは言っても、現在、宇宙飛行士たちが活動しているISSが周回する地球低軌道は、地球の大気層のちょっと外側にある宇宙空間であり、いわば「つかみどころのある近場の宇宙」、人類がこれからさまざまな目的のために利用していくことができる「身近な宇宙」という印象を持ちます。
一方、ホーキング博士をはじめ、宇宙物理学の世界では、宇宙という時空の構造や構成、ブラックホールや広大な宇宙の果てに思いを馳せています。人類という知的生命体を育んだ故郷・地球において、まさに生命や宇宙、万物についての究極の問いに対する答えを見出す努力が続けられていることに、畏敬の念を禁じ得ません。
宇宙における人類の活動領域を切り拓く仕事に従事している私が、宇宙物理学や理論物理学の専門家による難題の追究に非常に強い興味を持っているのは、私が「吸い込まれるような宇宙の闇」ということでしか表現できない実体験を、その闇の先に何があるのか、人間が知覚し得ない領域がどれだけあるのか、宇宙の正体とは何か、といった具体的な問いの一つひとつに対して人類の英知を結集して挑んでいるからです。
ホーキング博士も、ご自身の宇宙飛行の実現に強い興味を示されていましたが、将来もっと理論物理学者の方々にも実際に宇宙空間に出てもらって、新たなヒントをつかんでもらえたらいいのではと思っています。