連載開始に寄せて

「歴史の定説(通説)」というものがあります。といっても定説には三段階あると思います。第一は、学会における定説です。たとえば「日本中世史」といった、狭い専門家集団のなかでの瞬間風速としての多数説です。ついで、教科書における扱いなどに代表される、現段階での歴史学会全体としての多数説です。そして、世間一般の常識です。

いまの高校生が受けている歴史教育を、大多数の日本人は知らないし納得もしていません。教科書には推古天皇より前の天皇の名は載っていませんが、神武天皇あたりはともかく、崇神(すじん)天皇以降の大和朝廷による統一過程を、だいたいの日本人は認めていますから、そちらが世の中での定説です。

しかし、この三つのどれであれ、定説は頻繁に変化します。あらゆる学問のなかで、これほど定説が変化する分野なのは困りもので、新説の採用にはもう少し慎重であっていただきたいものです。

▲いまの高校生が受けている歴史教育を知っていますか? イメージ:PIXTA

「賢者は歴史から学ぶが、愚者は経験からしか学ばない」といったのは、ドイツ帝国を建国した宰相・ビスマルクだそうですが、何かものを考えるとき、歴史と数学ほど素晴らしい教師はいないと思います。

歴史は、物事を流れのなかで捉えることを可能にしてくれますし、数学は論理的にものを分析することを教えてくれます。法学部の学生だったときに、大先生から「歴史と数学のできればどちらも、少なくともどちらかが得意でないと法学は理解できないはずだ」と教えられたことがありますが、それは、この二つの学問の持つ意味を雄弁に物語った至言だと、いまも思っています。

さて、それでは歴史をどうやって学ぶべきかといえば、狭い意味での歴史の専門家の考えを聞いて、それを鵜呑みにするべきものではないと思うのです。とくに歴史以外の各分野の専門家の意見は、もっと大事にされるべきだと思います。たとえば、歴史上の人物の死因を議論するのに、医者の意見が貴重なのは当然です。

政治・外交史ですが、私はそういう方面で実際に仕事をした経験にもとづいた立場から歴史を論じていますが、古文書の専門家や考古学者が論じる政治外交論は現実離れした「はてな」だらけです。なぜかというと、政治や外交の現場で使われるアプローチと発想が違いすぎるからです。

現実の外交の世界では、プーチンが何を考えているか、確実な文書や正式の表明がされたもの以外は参考にしないとかいったら、まっとうな外交はできません。政治・外交・経済の現場では、100%確かな情報だけでなく、噂まで含めて情報を幅広く集め、知力・経験・分析結果、そして職業的な勘まで総動員して、いくつもの可能性を想定し、最適な政策ミックスを複合的に講じます。

歴史の真実に迫るためにも、確実な情報だけから組み立てるのでなく、同じような視点であるべきだと思います。

そもそも、学術とか文化は、多様な専門分野や経験を持った人が、自由闊達な議論を戦わせながら進化し、大きな花をつけるものだと思います。しかし、最近の世相を見ていると、学者など専門家集団はますます蛸壺にこもり、政治家はインテリを馬鹿にし、ジャーナリストや作家は極論に走っているのは残念なことです。

私はもともとは通商産業省(現経済産業省)の官僚ですが、若い頃から本を書いてきました。デビュー作は、32歳のときに出した『フランス式エリート育成法』(中公新書)で、東京大学のフランス文学の先生に、文学部でも参考書として使っていただいていたりしました。それから数年して『東京「集中」が日本を滅ぼす』(講談社)や『遷都』(中公新書)を出し、1990年代における首都機能移転論議と法律の採択に結実しました。

これらは仕事と関連があるテーマでしたが、そのうちに自分の仕事と関係ない分野でも、歴史の定説には現場感覚からいって奇妙なことが多々あることが気になってきました。

そこで月刊『中央公論』誌上で、邪馬台国や神武天皇について、戦前と戦後の学会の両方の定説に疑問を呈したのが歴史を本格的に扱いだした始まりです(1889年)。その主題は、神武天皇が「大軍を率いて東征した」とは『日本書紀』や『古事記』にも書いていない、書いてあるのは少人数での出奔だということでしたが、これも徐々に浸透してきています。

『江戸三百藩 最後の藩主』(光文社)では、近年の江戸時代礼賛と明治維新への過小評価への疑問を論じ、多くの人から賛同を得たましたし、新書売上の年間6位を獲得するなど多くの方に読んでもらえ、それなりに評価もいただきました。

その後、通史を書きたいということで、日本だけでなく、中国・韓国・フランス・アメリカなどの通史を、かなりの冊数書かせてもらっています。『令和日本史記』はその一例ですし『捏造だらけの韓国史 - レーダー照射、徴用工判決、慰安婦問題だけじゃない』や『ありがとう、「反日国家」韓国 - 文在寅は“最高の大統領”である!』(いずれもワニブックス)も同様です。

今回の『まいにち歴史“新”解説』では、昨年出版した『歴史の定説100の嘘と誤解』(扶桑社新書)という本の内容の一部を、出版社のご厚意により転載させていただきます。また、アメリカ大統領宣誓式にあわせ『アメリカ大統領史 100の真実と嘘』(扶桑社新書)の一部も使用し、さらに書き下ろしの原稿も交えていますので、お楽しみください。