生鮮食品が値上がりした理由

国内の感染者が少しずつ増えていくと、行動の制限も少しずつ増えていった。家に呼べる人数は5人、3人と刻々と変化する状況に合わせて各制限も変わっていき、誕生日などのイベントでは、Aさんは呼べるけど、Bさんは子どもを連れてこなければいけないので、人数オーバーになってしまい呼べなくなってしまうなど、人間関係にも影響が出てきた。警察が見回りをしており、違反した場合は罰金などを受けてしまう。

新型コロナウイルスは物価にも影響を及ぼした。特に生鮮食品は、働き手の大半を占める外国人労働者が国外から来ることができず値上がりをした。

国内にいる外国人労働者たちは本来、季節ごとに収穫できる農場を変えて州をまたいで移動する。そして移動しながらオーストラリア各地の観光も楽しむというスタイルが人気なのだが、州境が閉じて移動ができなくなったため、トラックの荷台に隠れて不法に州境を渡るという事例も出てきた。さらに母国に帰りたくても飛行機が飛んでおらず、国内で足止めを食らい身動きが取れなくなってしまった人たちも多くいた。

シドニーでは、レストランの皿洗いの仕事に6000人が応募するほど就職難な国内の状況で、外国人労働者が仕事を見つけることなど至難のわざである。

それでもオーストラリア国民、永住者は政府からの経済的支援を受けることができる。コロナ禍で仕事を失った人はJob Seeker、自粛などで仕事ができなくなってしまった人はJob Keeperという支援策があり、2週間おきに約12万円ほどが支給されていた。

その効果と呑気なオーストラリアの国民性もあってか、コロナ禍で仕事をしていなくても、多くの人がこの新しい生活スタイルを極力楽しもうと、ポジティブ思考で行動をしていたように見えた。私の友人は、10ヶ月のあいだ毎週100以上の仕事に応募して、未だに仕事がなくても「まぁそのうち見つかるでしょ」と、のほほんとビールを飲んでいる。

そして家にいる時間が多くなり、家の中でできる趣味に没頭する人が増えてきた。特に裁縫は男女問わず人気が出てきて、一部のミシンは購入まで2ヶ月待ちになるほどになった。オーストラリアでも放映していた裁縫をテーマにしたリアリティショー『ソーイング・ビー』は、裁縫ブームの後押しもあって大人気になったり、私のパートナーもネットショップで枕カバーや猫用のテントなど作って、副業を始めていた。

▲ネコ用のテント

厳しい制限にともなう経済援助の功罪

行動制限の効果もあってか、国内の新規感染者は徐々に減っていき、しばらくゼロのままを維持し、厳しかった制限も少しずつ解除されていった。

レストランや商業施設も再びオープンし、久々にパブでビールを飲んでいたとき、顔馴染みのバーテンダーに「仕事が再開してよかったね」と声をかけてみたところ「家でぐうたらしてゲームしながら政府からお金を貰ってたほうがよかったよ」と嘆いていた。

人の行動を制限するには、それに見合う経済援助のようなリターンが大切なのだなと痛感した瞬間だった。ちなみに、この経済援助は徐々に減らされていき、怠け癖がつく前に重い腰を上げて職探しをするよう政府は促している。

新型コロナが世界に与えた影響は計り知れないが、そのなかでものんびりとしたオーストラリアの風土が失われずに人々が変化を恐れずに受け入れていく様を体験する日々は、とても貴重な体験だった。多国籍文化のオーストラリアは、普段は一致団結することが非常に難しい国なのだが、ここぞ!というときは、協力して柔軟に対応できる国と改めて知ることができた。


しょご先生
日本で初めてのゲイのコンテスト、ミスターゲイジャパン初代グランプリで現役高校教師。現在は日本一わかりやすい性教育のしょご先生として、学校では教えてくれない性トピックを中心に情報発信中。
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