人間の五感を基準と考えてはいけない
虫めがねで髪の毛を見ると、
厚みがあることがわかります。
しかし肉眼では、長さはあるものの
次元がひとつしかない一本の線にすぎません。
時空も同じと考えていいでしょう。
人間、原子、そして原子物理学的長さの
スケールにおいても、
時空は四次元でほぼ平坦に見えます。
しかし、きわめて高エネルギーの粒子を使って
非常に短い距離を調べると、
時空は実は十か十一次元であるとわかります。『ホーキング、未来を語る』より
十次元、十一次元と言われても、イメージするのは難しいものです。けれども、人間の感覚器官がとらえられる情報だけがすべてではない、ということは納得できます。
我々は普段、視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚といった、五感から受け取る情報を判断基準にして生活していますが、その情報だけが現実のすべてではないことは確かです。
私がそれを決定的に感じたのは、国際宇宙ステーションでJAXAとNHKが共同開発した4Kカメラを使って地球を撮影したときでした。
4Kカメラは、ハイビジョンの4倍の画素数を擁する高解像度カメラで、約829万画素という高精細の美しい色彩の映像で、地球を撮影することができるのです。夜の地球の光景も、私の肉眼ではとらえられない小さな街の灯まで映し出し、そのあまりの映像の美しさに私は驚きました。
地球に帰還してから番組担当者の方と会ったとき「4Kカメラはすごいけれども、あれは現実的ではないですよ。人間の目だと夜の地球はあんなにきれいに見えません」と思わず言ってしまいました。
ただ、4Kカメラの映像を現実的でないと言ってしまった直後、いや、どちらも現実そのものではなく、どちらも現実を肉眼あるいは4Kカメラという、ある有限の感度のセンサーでとらえたものに過ぎない。つまり、真実の一つの解釈なのだということに気づきました。
あのカメラは一つの見え方を確実にとらえていて、人間の視力以上に真実の有り様に近づいているのだと思い直したわけです。
赤外線や電磁波などは肉眼では感知できませんが、それを感知するセンサーは存在し、私たちは当たり前のようにセンサーを搭載した機器を日常生活で利用しています。センサーというのは、現象のある部分をとらえるための道具と言えますが、人間のセンサーである五感が、一番のセンサーだと思ったら大間違いなわけです。
私は「あの4Kカメラの映像は現実的ではないですよ」と言ってしまったとき「自分の目で見えているものが、最も確かな実在である。本物なんだ」と無意識に思っていました。でも、それはあまりにも早計で傲慢な考え方だったと反省しました。
世界の有り様というものは、調べれば調べるほど深く、まだまだよくわからないことが多い。我々がつかみきれていない事象は数多く存在するのです。
※本記事は、若田光一:著『宇宙飛行士、「ホーキング博士の宇宙」を旅する』(日本実業出版社:刊)より、一部を抜粋編集したものです。