2019年に惜しまれつつ逝った車椅子の天才宇宙物理学者・ホーキング博士の名言を若田光一さんが読み解き、ホーキング博士の「脳内宇宙」を旅した記録。旧ソ連の名宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフの「宇宙飛行士の間に国境が存在したことはない」という言葉から、若田さんが思い出したこととは――。

宇宙に出て5日で国籍も人種も関係なくなる

私も各国の宇宙飛行士と長年、地上そして宇宙で仕事をしてきましたが、一緒に時間を過ごすなかでよく感じるのは、それぞれ国や人種や文化や宗教といった「衣」を着込んではいますが、それを一枚一枚脱いでいけば、残るものは結局、その人「個人」の人間性しかないという事実です。

つまり、国籍や人種などによって醸成された政治思想や社会思想などのイデオロギーは、その人間を物語るほんの一部でしかないということです。

1985年にスペースシャトルで宇宙飛行したサウジアラビアのスルタン・サルマン・アル・サウド王子が、宇宙から地球を眺めながらつぶやいた言葉が印象的です。

それは「最初の1~2日は、みんなが自分の国を指さしていた。3~4日目はそれぞれの大陸を指さした。そして5日目にはみんな黙ってしまった。そこにはたった一つの地球しかなかった」というものでした。

彼ら二人が共通して言っていることを私なりに解釈すれば「宇宙へと活動領域を拡大することは、人類の価値観を、国・人種・文化・宗教といった枠組みを超えた視点、文字通り地球全体を俯瞰する視点からとらえることを可能にしてくれる」ということです。

我々は宇宙に出たことによって、自らのアイデンティティのルーツを広げつつあるのだと考えます。

▲宇宙に出て5日で国籍も人種も関係なくなる イメージ:PIXTA

2018年に、私は国際宇宙ステーション(ISS)が1998年11月の軌道上建設開始から20周年を迎えるにあたって、ロシアのモスクワで開催された各国宇宙機関の関係者との記念イベントに、日本の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の有人宇宙活動担当の代表として出席しました。

そのなかで一同が口をそろえて言ったのは、ISSはやはり国際協力のなかで続けてきたからこそ、さまざまな困難を乗り越えて存続できるプロジェクトになったということです。

これが一国だけのプロジェクトだったら、スペースシャトル・コロンビア号の事故や米露の物資を運ぶ宇宙輸送機の事故等の試練を乗り越えて、ISSをこれだけ長く運用・維持していくことはできなかったでしょう。

こうした事故を克服できたのは、事故を起こした機体とは別の国の宇宙船、たとえばロシアの「ソユーズ」や日本の「こうのとり」などが、国際協力の枠組みのもとで補完的な役割を果たしてきたことも大きな理由と言えます。

人間というのは地球という故郷を離れ、遠くに行けばいくほど、人類としての結束力や団結力が強まるように思います。さらに言えば、宇宙へと活動領域を切り拓いていくことで、地球人類としての一つの価値観が醸成され、凝縮され、高まっていくような気がしています。