喜びに包まれたニューヨーク。そして・・・

トランプ大統領の滅茶苦茶な言動は、とどまるところを知らなかった。トランプ大統領自身が新型コロナウイルスに感染する直前だったか、いつも信じられない発言ばかりしてきたトランプが、輪をかけてとんでもない発言をTwitterで発信した。

私たちが住むニューヨークは、人種構成も複雑で、もとより都市部であり、民主党支持者がほとんどだ。ゆえに、トランプ支持者は全然いないと言っていい。そんな自分を支持しないニューヨークに対して「ニューヨーク、地獄に落ちろ!」とツイートしたのだ。

日本人のなかに、トランプによる選挙結果の陰謀論などを信じる人たちがたくさんいる理由には「一国の大統領なんだから、この人のやっていることには何かしらの深謀遠慮があるのあろう」「大統領というくらいなのだから、そこまで滅茶苦茶はしないだろう」という、日本における常識に基づいた予断があるのではないかと思う。そのへんの温度感が、アメリカに住んでいる人とそうでない人とでは全く違う。

トランプ元大統領という人は、自分の国民に「地獄に落ちろ!」と言い放つ程度に、あまり何も考えていないし、その後の展開を見ても、なんの戦略性も持たず行動・発言していたことは明らかだ。

何はともあれ、私たち、春先からの苦しみを乗り越えつつあったニューヨーカーたちは「地獄に落ちろ!」と現職大統領に罵られることになった。それどころか、ニューヨーク州は春先から、ニューヨークを敵視するトランプ大統領によって、医療物資の援助に非協力的な対応をされたという話もある。「置き去り」だ。

▲家の中で過ごしたハロウィンは寂しい

この街に移住してきてから最も寂しいハロウィンを、家の中で過ごした後すぐに迎えた11月3日の投票日から5日後、土曜日のお昼前に歯を磨いていると、投票日以降つけっぱなしにしていたCNNが、バイデンの次期大統領当選確実を伝えた。

次の瞬間、家の外から轟音のような歓声が巻き上がった。叫んでいる人もいる。楽器を鳴らしている人もいる。クラクションが鳴っていた。

「地獄に落ちろ!」と言われた人々による喝采は、夜になるまで鳴り止まなかった。この日ばかりは、誰もが外に出て、笑顔を交わしていた。

その日の夕方、氷を買いに行く必要があって、近所のメキシコ系スーパーに行った。「where is ice?」と店員さんに聞いたら、英語がわからなかったらしく、戸惑っていた。すると、近くにいたおばあちゃんが、スペイン語で「yelo(氷)のことよ!」と伝えてくれた。私が「そう。yeloをください!」というと、そのおばあちゃんが、満面の笑顔で「スペイン語上手ね!」と言ってきた。

そんな何気ないやり取りすら久しぶりな気がする。この4年、そんなやり取りも気軽にできないほどのディストピアに私たちはいた。そうだ。そういえば、ニューヨークって、こんなやり取りに満ちあふれた楽しい街だったんだ。ニューヨークが戻ってきた感じがして、少し涙が出た。

こんなにも喜びに包まれたニューヨークは経験したことがなかった。

しかし、そのすぐ後にウイルス感染者の再増加により、レストランの屋内ダイニング禁止と学校の再閉鎖が決まった。死者もまた増えた。1月のワシントンDCでの暴動をはじめとして、アメリカの混乱はとどまるところを知らなかった。

新型コロナウイルスがやってきて以降、アメリカには、歴史の中で置き去りにし続けてきたもののツケが容赦なく襲いかかり、どん底に突き落とされた。アメリカという巨人の上で生活しながら、その巨人が疲れ果てて崩れ落ちようとする音を聴くような気分だった。「もうこの国はダメだ」と、何度も思った。

アメリカは、まだまだ消化しきれない「置き去りにしてきたもの」を抱えて虫の息で前に進もうとしている。ニューヨークには美術館は戻ってきたが、ミュージカルもジャズもまだまだ戻ってきていない。

この国にとって、これからの数年は、自らが置き去りにしてきたものと誠実に向き合って、新しい国をつくる数年にしなくてはいけないのだと思う。置き去りグセが身についたこの国にとっては、苦難の道になるだろう。しかし、いま、この国はそれに向き合うためのチャンスを得たとも言えるのかもしれない。

がんばれ、アメリカ。がんばれ、ニューヨーク。

▲がんばれ、アメリカ。がんばれ、ニューヨーク

Qanta Shimizu
東京大学法学部中退。バーテンダー・トロンボーン吹き・DTPオペレーター・デザイナーなどを経て、独学でプログラムを学んでプログラマーに。2005年12月より株式会社イメージソース/ノングリッドに参加し、本格的にインタラクティブ制作に転身、クリエイティブ・ディレクター / テクニカル・ディレクターとしてウェブサイトからデジタルサイネージまでさまざまなフィールドに渡るコンテンツ企画・制作に関わる。2011年4月より株式会社PARTYチーフ・テクノロジー・オフィサーに就任。2013年9月、PARTY NYを設立。2018年、テクニカルディレクター・コレクティブ「BASSDRUM」を設立。