二大政党制や一部の大企業がイノベーションを起こし続けるアメリカ。こうした少数の組織が動かしている政治やビジネスの世界だけを見ていても、この国の構造は見えてこない。アメリカという国を真に理解するため、もっともわかりやすい例が、BLM運動などさまざまな問題に直面する警察組織である。在米作家である冷泉彰彦氏に、アメリカの警察組織の構造を説明してもらった。
※本記事は、冷泉彰彦:著『アメリカの警察』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
アメリカの警察組織は1万8000以上ある
アメリカの警察組織は、アメリカという「国のかたち」そのものだ。一言で言えば、大小さまざまな警察組織がバラバラに独立していて、その全体が混沌としながらも秩序を作っている。その広がりと奥行きの中に、アメリカの「国のかたち」が鮮やかに見えてくる。
アメリカに警察がいくつあるのかというと、とにかくたくさんある。数え方にもよるが、よく言われる数字は1万8000ぐらいである。全国の市町村にそれぞれ独立した自治体警察があり、それとは別に州警察があるが、州によってはその中間に郡警察があり、それぞれがバラバラに存在している。つまり市町村の警察を州の警察が束ねているわけではない。
また、州を越えた連邦(国)のレベルではFBI(連邦捜査局)が有名だが、FBIは各州の警察を統括しているわけではなく、まったく別の独立した組織である。
連邦レベルの警察ということでは、FBIだけでなくDEA(麻薬取締局)、ATF(アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局)、などの組織がある。このDEA、ATFなどはFBIの一部門かというと、そうではない。FBIと横並びの独立組織となっている。
仮に以上がアメリカの「警察(ポリス)」だとすると、その他に「保安官(シェリフ)」という存在がある。保安官というと、何となく西部劇の開拓地に出てくる一匹狼のガードマンという印象があり、歴史的存在、つまり過去の遺物のように思えるが、そうではない。保安官というのは現在でも各州に存在しているし、連邦のレベルでは「USマーシャル(連邦保安官)」というのもある。
大学にも立派な警察組織がある
警察と保安官というのは、法の執行を目的とした公的組織だが、その他に目的別の組織に属した警察というのもある。
たとえば、2021年1月の議会乱入事件で矢面に立った議会警察というのは、連邦議会に直属しており、省庁や州の下部機関ではない。また、各大学には大学警察(キャンパス・ポリス)があり、国立公園には国立公園警察(USPP)がある。
大学警察というと、警備会社の派遣するガードマンなど部外者が、契約に基づいて大学の警備をしている姿を想像するが、そうではない。
大学警察というのは、大学の正規の組織であり同時に立派な警察組織であって、パトロールカーも専用に持っており、そこに属する警察官は武装していて逮捕権限がある。たとえば大学構内の駐車違反は大学警察が違反切符を切る。それどころか、各大学には自治権があるので、特別な場合でないと市町村や州の警察は大学内に踏み込めない。
公立大学だけでなく、私立大学の場合も同じように警察組織を持っていて、その警察はフル武装しており強い権限がある。
そうした小さな組織までカウントすると、恐らくアメリカには3万ぐらいの警察があると考えられる。だが、そのようなバラバラの組織が集まり、場合によっては協調したり競ったりしながら、アメリカ社会の治安を維持してきたのは事実なのだ。
アメリカの警察組織は“自治”の象徴だ
仮にこのアメリカにおいて、警察を一つに統合しようとしたらどうなるだろうか。
たとえばFBI長官が全ての頂点に立って、DEAやATFはFBIの一部になるとか、各州の警察全部がその傘下に入るとか、大学の自治警察は廃止して市町村の警察がキャンパスに入ってくるなど、そういう事態は簡単には想像できない。もしも、そのような「一本化」を強引に進めれば、各地で暴動や内戦が起きてもおかしくないだろう。
どうしてかというと、このバラバラに独立した警察組織というものは、各地方自治体が、文字通りの自治を行うことで成立している「アメリカという国のかたち」そのものだからだ。
大学の秩序は大学自体で維持する、小さな町でも町内の治安は町の警察が全て責任を持つし、その予算は独立した町の予算で賄われる、自治とはそういう意味である。そうした自治が国の隅々で行われ、連邦というのはその全体をゆるやかに統合している。
そもそも、独立戦争を戦ったのは、13の植民地の連合体であり、それぞれの植民地が州となり、そして州が集まって作った連邦「ユナイテッド・ステイツ」がアメリカである。警察組織のあり方はこれを象徴していると言ってもよい。