中国からの圧力にも絶対に退かない蔡英文
蔡英文さんも「威張らない、裏切らない、逃げない」政治家です。彼女は政治家になるまえ、李登輝さんのブレーンを担うシンクタンクで学者の立場で研究員をしていました。当時はまだ政治家ではなかったけれど、政治的に台湾の立場からものを見て、台湾の将来について真剣に考えてきた、ブレない精神の持ち主です。
クリーンで賢くて、台湾を愛する蔡英文も、圧力を受けても絶対に退かない。
2016年5月、珍しく朝日新聞に〈蔡英文と台湾〉と題するシリーズが掲載されました。その第一回では、2016年の総統選挙投開票日の前日、蔡英文が選挙集会会場の最前列に座った、台湾独立派の老革命家・史明に涙ながらに手を振った、というエピソードが紹介されていました。
史明は当時97歳。2019年に100歳で亡くなるまで、独立運動家として波瀾万丈の人生を送ってきた人物です。史明は日本統治時代から台湾の独立を目指し、一度は中国に渡ったものの、その現実に絶望。戦後、台湾に戻りましたが、国民党支配の現状を覆すべく、日本に亡命して独立運動を続けてきたという筋金入りの独立論者です。
そんな史明を前に、蔡英文は選挙集会の壇上で、こう述べたそうです。
「台湾人として感謝しなければならない。おじさん(史明)の言いたいことはわかっている。台湾の総統は気骨を持ち、強靭でなければならない、と。台湾の苦境を前に、私は絶対に屈しない」
独立運動を続けてきた私たちは、30年余り、親にも会えず故郷にも帰れない状況下で、台湾独立の苗を植え続けてきた。その結実が、蔡英文総統の誕生によって収穫期に入ったのだと実感するエピソードでもありました。
蔡英文はクールで理知的な学者の一面を持つ一方で、独立運動家を前に涙を見せる熱い一面も持っています。そして、政治家としてのアピール力や明るさも育んできました。彼女の振る舞いに感心したのは、2009年12月に日本の外国人記者クラブで行われた講演を聞いたときのことです。当時の彼女は、野党の党首として来日しました。
彼女はこのとき、英語で流暢なスピーチを行いました。前もって用意してくるとはいえ、原稿にほとんど目を落とすことなくスピーチを終えると、その後の質疑応答も難なくこなしたのです。
蔡英文の隣には、いざというときのヘルプのために通訳が控えていましたが、彼女を介することなく、その場の即興の質疑に完璧に返答したのです。センシティブな質問にも表現と言葉を選び、ほとんどパーフェクトの受け答えをしていたことに、私は英語の教師として本当に感心しました。
その後の会合で、隣に座ることができたので「あなたの英語、素晴らしかったわよ」と声をかけると、彼女は会合参加者への挨拶のために壇上に上がるなり、こう言いました。
「聞いてください! 英語の先生に英語を褒められました!」
その場は大いにわきました。蔡英文は「真面目すぎる」などと言われたこともありましたが、こうした機転の良さ、明るさ、茶目っ気も発揮するようになってきた。これは蔡英文が政治家として成長したからこそでしょう。