民主党のバイデン大統領が誕生した際に、熱心なトランプ支持者の間には納得できない思いがくすぶり続け、各種のデマや怪しげな“陰謀論”がネットを中心に流布することになりました。2020年のアメリカ大統領選で露呈したアメリカ社会の亀裂の深刻化、そして分断の深化について郵便学者の内藤陽介氏が解説する。

※本記事は、内藤陽介:著『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』(ワニブックス:刊)より、一部を抜粋編集したものです。

史上2番目の得票数でも負けたトランプ

2020年の大統領選挙では、民主党のバイデン候補が勝利し、2021年1月20日、バイデン政権が発足しました。

人種問題でアメリカが騒然とするなかで行われた過去の選挙戦では「“人種間の融和”と“法と秩序”のどちらを優先すべきか」が重要な争点のひとつとなっていました。その点では、2020年の大統領選挙でも同様の側面があったことは見逃せません。

もちろん、2016年の大統領選挙のときから、リベラル過激派の過剰なポリコレに異議を唱えてきたトランプは、現職大統領としての責任もあり「法と秩序」を重視する立場をとりました。一方でバイデン陣営は、それを「人種差別」として徹底的に攻撃したわけです。

▲アメリカ合衆国大統領就任式で宣誓するジョー・バイデン氏 出典:ウィキメディア・コモンズ

バイデンが勝利し、トランプが負けたと書きましたが、2016年の大統領選挙のトランプの得票が約6300万票だったのに対して、2020年の選挙では7380万票と1000万票以上を上積みし、米史上2番目の得票数となっています。トランプ政権の4年間の実績は、それなりに有権者に評価され、支持を集めていたことと理解してよいでしょう。

とはいえ、結果的には対立候補のバイデンが、それを超える史上最多の8000万票を得て当選してしまったわけです。

トランプ政権は、2対1ルール(新たな規制を1つ導入するには、既存の規制を2つ以上撤廃しなければならない、とする指針)による規制緩和と減税を進めましたから、少なくとも2020年に新型コロナウイルスが問題になるまで、アメリカ経済は好調でした。

したがって、トランプ政権下での地方選挙(知事選挙など)でも、今までのアメリカ政治の流れでは共和党候補が圧倒的に有利だったはずなのですが、実際には共和党候補の落選が続いており、選挙の争点が経済からポリコレなどの“アイデンティティ・ポリティクス”へとシフトしつつある傾向が指摘されていました。

さらに民主党は、ネットを通じた小口献金を集めることに注力し、票の掘り起こしに成功しました。アメリカの場合、投票する意思のある有権者は事前に登録する必要があります。つまり最初のハードルとして、いかに支持者に有権者登録をさせるか、ということが選挙戦の大きなポイントになります。

そこで民主党は、インターネットで少額の献金をワンクリックで行うことを呼びかけました。5ドルや10ドルであれば、なんとなく民主党候補がいいな、という程度の漠たる支持者であっても、抵抗なく支援してくれます。

たとえどんなに少額であっても、ある候補に献金をした人は、かなりの高確率で有権者登録を行い、その候補に投票するでしょうから、“票の掘り起こし”にもつながるわけです。

こうしたネットの小口献金の口数・金額において、2020年の大統領選挙では、民主党が共和党をリードし続けていました。

荒唐無稽な陰謀論にあふれたトランプ陣営

しかし、そうした時流の変化は、まだまだ多くの人たちには十分認識されているわけではありませんので、多くの実績を積み上げ経済も好調で、前回よりも大きく得票を伸ばしたトランプ候補が当選できなかったことに対して、トランプ本人、そして熱心なトランプ支持者の間には納得できない思いがくすぶり続け、各種のデマや怪しげな“陰謀論”がネットを中心に流布することになりました。

▲陰謀論Qアノンを意味する「We Are Q」のシャツを着た男性 出典:ウィキメディア・コモンズ(photo Marc Nozell 2019)

たとえば「ミシガン州の19の選挙区では投票率が100%を超えた」「ウィスコンシン州では登録有権者(312万9000人)の人数より投票数(323万9920人)が多かった」などがその典型です。

ただし、ミシガン州の告発に関しては、“証拠”とされた有権者名簿はミネソタ州のものでしたし、ウィスコンシン州場合も、“証拠”の名簿は有権者登録期間中の古いバージョンのもので、最終的な登録者数は368万人以上で投票者数を上回っています。

また、全米各地で使われたドミニオン社の集計マシンが、数百万ものトランプ票を不正に削除した、またはバイデン票に書き換えたという情報についても、実際にはそうした事実は確認されておらず、機械の操作ミスがあった投票所についても、ミスが指摘されたあと、すぐに修正されていたことが判明しています。

さらに「ドミニオンにソフトを提供しているスペインのIT企業サイトルが、ドイツに置いているサーバーを米軍が差し押さえた。サーバーを守ってCIAの傭兵部隊と米軍の銃撃戦で、米軍兵士が殉職した」といった類のネット情報に至っては、まともに取り上げる必要もない与太話の類であることは言うまでもありません。

しかし、そうした荒唐無稽なデマを信用する人が一定の割合で存在するということ自体、アメリカ社会の亀裂がいかに深刻なものであるかを雄弁に物語っているといってよいでしょう。