読むのに1分もかからないシンプルな「一文」が、人生を変えてくれるかも。何かに悩んでいる時に、答えに導いてくれるのは「本」かもしれない。日本一書評を書いている印南敦史さんだからこそ見つけられた、奇跡のような一文を紹介します。

人生を変える一文 -『とにかく戻るのが嫌なんだ。』

▲調子悪くてあたりまえ 近田春夫自伝/近田治夫: 著(リトルモア:刊)
音楽生活50年、数々の伝説的活動を経て70才を迎えた「日本音楽史に輝くレジェンド」による初の自伝。登場する人物やバンドの数は、なんと約880にもおよぶ。まさに日本音楽・芸能史の第一級資料でありながら、彼の生き様を通して「恥ずかしくない大人」でいるための極意も学べる。リリー・フランキーや石野卓球、末井昭など、豪華描画人による肖像画も必見。

やりたいから、やらずにはいられない

僕はヒップホップ・カルチャーに大きく感化された人間です。ヒップホップに助けられたこともあるし、ヒップホップのおかげで道を誤りかけたこともあります(そんなものよ)。

もちろん道は誤らないほうがいいに決まっていますが、ポンコツな失敗も含め、価値観や考え方を揺さぶってくれたヒップホップには、感謝すべきだとも感じているのです。

では、ヒップホップの何に心を動かされたのか?

ここでいうヒップホップとは「ヒップホップ・ミュージック」の部分ですが、サウンドやラップなどからの直接的な影響もさることながら、それ以上に大きかったのは精神性。具体的にいえば「表現欲求」なのです。

  • 電線から電源を拝借してブロック・パーティーを開いた(違法ですけど)
  • 既成のレコード2枚の同じフレーズを繰り返し、新たなビートをつくった(違法ですけど)
  • つくりたいから、いまある機材だけでトラック(リズム・トラック)をつくった
  • 歌わずにしゃべった(ラップ)

などなど、ヒップホップ・ミュージックにまつわるいろいろなことの根底には「やりたいから、やらずにはいられない」という思いがあるわけです。それは理屈ではないだけに、ことさら「そうだよなあ」と共感できたということ。

「やってみたい」という欲求はとても大切。新しいものの“新しさ”は理屈で解釈されがちですが、でも、本質は理屈じゃないんですよね。

1990年代に、ケニー・ドープ・ゴンザレスというDJが、重量感のあるリズム・トラックだけのレコードを続々と送り出したことがありました。“トラックス”という和製英語に置き換えられたそれは日本でも話題を呼び、音楽専門誌はそのサウンドの源流をアフリカ音楽と紐づけて語っていたりしました。

でも実際に会って話を聞いてみたら、ケニー・ドープはいい意味で「なんにも考えていなかった」んです。

それどころか「1日に3曲でも4曲でもつくっちゃうよ〜!」と実に楽しそう。アフリカ音楽のルーツがどうだとかはまったく考えていなくて、つまりはその「やりたい」という思いこそがモチベーションの源泉だったということ。

僕は、そこにとても共感できたのです。その「やりたい」という思いは、ヒップホップに限らず、すべてのクリエイターが持っている感性であるはずだから。

やりたいから、やる。誰のためでもなく、自分のために、やる。意味がどうとか考えずに、やる。なぜなら、やりたいから。

この「やりたい」という部分は、とても大切なことだと思うわけです。

残念ながら我が国では「新しいことをやると叩かれる」というような風潮があるのも事実なので、なかなかできない人も少なくないのでしょうけれどね。