こんにちは!風の時代の風雲児、風野又二朗です。

4月も中旬になりましたね!今年も友達と花見ができなかったですが、先日ふと立ち止まって、1人で桜を見つめてました。薄ピンク色の綺麗な花びらを見つめているうちに、あれ?なんで風野は桜が好きなんだっけ?という気持ちになりました。

あの頃は、毎年友達40人ぐらいで花見をするのが恒例で、そこには1年に1回しか会えない友達も来てくれたりして、桜が咲くのをとても楽しみにしていたんですけど。いざ、こんな時代になってみると、桜は友達と会う為のきっかけの1つだったのかなと思って。そんな事もあって初めてじっくり桜と向き合い、考えることにしました。

▲風をあつめて、巻き起こす

老若男女関係なく、たくさんの人たちから愛されている桜。1年に1度だけ咲く。しかも満開になって10日ぐらいで散ってしまう儚さ。敢えてグーグル先生で調べないで書きますが、桜は多分、平安時代、いや奈良とか飛鳥時代ぐらいから愛されていたでしょうね!

あの薄ピンクの美しさ、風が吹いて散っていく桜吹雪、また、その花びらが落ちて川をピンクに染めて流れていくところを見ると、その美しさに時間の流れを忘れて見入ってしまいますよね。

おそらく、桜を見ていた聖徳太子は

『ごめん。桜を見てる時だけは、みんなで話しかけてこないで。集中したいねん』

って言ったでしょうし。紫式部や清少納言は、桜をテーマにしたプロットを何枚も書いたんじゃないかと思います。そして、時を越えても桜は愛され続け、平成時代に森山直太朗さんが(独唱)した事によって、もはや国民的”木”のポジションを不動のものにしたんじゃないかと思います。

一方その頃、高度経済成長期に、すぐに育つし便利だわ!という理由でたくさん植樹されたスギ。ただ一生懸命生きようとした結果、花びらではなく、黄色い花粉を飛ばし続けた結果、一部の花粉症の人たちから、伐採したろか!という激しい感情を持たれてしまいました。

スギは何も悪い事してないのに、ここまで同じ木として桜との評価に差がある事を知ったら

『それは、あんまりだぜぇ〜』と思った事だと思います。

そんな事を考えながら、桜の木の下にいたら、あっという間に1時間が経ってしまいました。やはり桜は文学になる。歌になるし、物語がある。この桜の木の下から、いくつもの発想が生まれ、たくさんの作品が作られたんだなと思うと、ふと、風野も風野だけが考えつく桜について発表したくなりました。

風野だから見つけられる、桜に対しての入射角。歴史上のクリエーターが1度はモチーフで考えたんじゃないのか、と思われる桜という大きなテーマに、立ち向かってみました。

2時間が過ぎた頃。自分から出てきた発想、思いつき、経験から始まる着想、自分の頭の中にある108の煩悩を全て捨て切った後に、たった1つだけ見つかりました。風野が桜に対して思ったこと。

『これは、猫の肉球の色と同じじゃニャいか』

▲友達の家の猫のネギくん

桜と猫の肉球の色は同じでした!猫好きのなかでも、特に肉球が好きって言う人は多いですよね。これもまた、薄ピンクの桜色だったんですよ。(肉球が黒い猫ちゃんもいます)やっぱり、この薄ピンクという色が人を惹きつけるのかもしれませんね!!!

次に桜が咲く頃には、肩を組んで友達と桜を見上げたいな。そんな日が来る事を願って!!

それでは、又、風の吹く日に。

『風をあつめて、巻き起こす』は、次回5/7(金)更新予定です。お楽しみに!!