読むのに1分もかからないシンプルな「一文」が人生を変えてくれるかも。何かに悩んでいるときに、答えに導いてくれるのは「本」かもしれない。日本一書評を書いている印南敦史さんだからこそ見つけられた、奇跡のような一文を紹介します。
人生を変える一文 -『自分だけの経験を主軸とし、“聴いてみたくなる”文章を書く』-
僕が音楽ライターになった理由
20代後半から数年間は、蟻のように小さな広告代理店で求人広告のコピーを書いていました。やがて二足の草鞋を履き、ライターとして個人名で文章を書きはじめたのが32歳のとき。
そう考えると、書くことを仕事にしてから30年くらい経っていることになります。
早いですなぁ。
現在の仕事の中心は書評で、並行して自分の本を書いたりもしています。ただ、個人としての仕事のスタートラインは音楽ライターだったんですよね。
会社員をしながらも、だんだん「“自分”としてのなにかをしたい」という思いが強くなっていき、それが「好きな音楽について書きたい」という願望につながっていったのです。
とはいえ、どうやったら音楽ライターになれるのか、そんなことはまったく想像もつきません。そこで知り合いの編集者に尋ねてみたところ「持ち込みだよ」との答え。
なるほど、だったら話は早いと感じました。レコードを買うたび、勝手に書いていた原稿がその時点でたくさんあったからです。だから、それを送ればいいだけ。
そこで音楽雑誌を中心とした8媒体(=当時は音楽雑誌がたくさんあったんです)に原稿を送ってみたのでした。その結果、いちばん書きたいけどいちばん無理だろうなと思っていた「ミュージック・マガジン」で書けることになり、以後、複数の雑誌で書くことになっていったのです。
始めてみたら、持ち込みをする人なんかいなかったんですけどね。
だから30代の大半は、音楽ライターとして活動していたのですが、思うところあって一般誌に活動の場を移していき、そうこうするうちに音楽雑誌は次々と休刊になり……細かいことは省きますが、10年くらい前から書評がメインの仕事になっていったという流れ。
とはいえ音楽ライターをやめたわけではなく、できる範囲で続けてはいるのです。そのひとつが、e-onkyo musicというハイレゾ音源サイトでの「印南敦史の名盤はハイレゾで聴く」という連載。
タイトルからもわかるように、自分の尺度で選んだ“名盤”を紹介するエッセイです。しかも主軸になっているのは、自分の人生経験です。
音楽についての文章って、アーティストについての経歴など“情報”や“データ”に主体を置いたものが多いじゃないですか。
幼少時にどんな音楽環境に育ったかとか、誰から影響を受けたかとか、そのニュー・アルバムのプロデューサーは誰かとか。
でも、そういうことにはほとんど触れず「僕自身がその音楽と出会ってどう感じたか」「その音楽が流れているとき、どんなことがあったか」など、あくまで自分の個人的な体験に軸を置いているのです。