ロシアは「自分たちには分がない」ことを知っていた
岡部 その時、高官が最後に発言した言葉が今も忘れられずに覚えています。
「本当にそこまで大統領が解決に意志を示したのなら、我々も肚をくくってやる」と言われました。当時の外務大臣はエフゲニー・プリマコフで、アレクサンドル・パノフが駐日大使でした。そして、その高官が私の目を見ながら続けてこう言ったのです――「そのかわり静かにやらせてくれ」と。
それを聞いて、私は「日本側のメディアは騒がず、ナショナリズムを騒ぎ立てず、淡々と事実関係に基づいて4島の帰属を決める返還作業を、実務的にテクノクラートたちに処理させて欲しい」。そのように主張しているように感じました。
そして「ロシアは、自分たちの主張に正統性がなく、日本側に分があることを理解しているのだな」と思いました。大統領が返還に決断したのなら、実務作業を静かに行うというのは、日本に返還することの法的正当性を実は理解していると思われたからです。
プーチン政権となって、ラブロフ外相らは表面的には「第二次世界大戦の結果を受け入れるべきだ」と強面で繰り返し主張してきますが、エリツィン時代は少なくとも北方領土の交渉に関わっている実務者は、ロシアの北方4島の領有権に法的有効性がないことをわかっていたと思います。そして、自分たちが国際社会の大国として認められたいのなら、いずれは北方4島を日本に返さなければいけないということも……。
でも残念ながら、その後、エリツィン大統領の体調が悪化したり、経済危機が起きたりして「やる(領土問題を解決する)」と言っていたモメンタム(勢い)が薄れ「東京宣言に基づいて2000年までに平和条約を結ぶことに全力を尽くす」という約束も反故になりました。