桜の花びらように散った東トルキスタン共和国。世界的に深刻な“民族問題”のひとつとなっており、中国共産党政府による人権侵害の象徴的な存在となっている新疆ウイグル自治区の問題を、チャンネルくららでも人気の内藤陽介氏が解説。
※本記事は、内藤陽介:著『世界はいつでも不安定 国際ニュースの正しい読み方』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
人権侵害の象徴的な存在「東トルキスタン」
2020年5月28日の全人代(全国人民代表大会)の前日、つまりポンペオが懸念を示したのと同じ5月27日に起きた出来事で、実はこの日、中国・新疆ウイグル自治区のイスラム系少数民族ウイグル族らへの人権弾圧に関与した、中国政府高官らに制裁を科す「ウイグル人権法案」がアメリカ議会を通過しています。
ウイグル人権法案の中身は、まずウイグルの弾圧・人権侵害に加わった人間のリストを180日以内に作成して議会に報告し、次にそれらの人物を対象にビザの発給停止や資産凍結などの制裁を科す、というものです。
現在の新疆ウイグル自治区に相当する東トルキスタンの地域は、18世紀に清朝の支配下に置かれますが、必ずしも中国中央の統制が及ばない地域になっており、1944年には短期間ですが中国からの独立を宣言した地方政権として、東トルキスタン共和国が存在していました。
1949年、国共内戦の帰趨がほぼ明らかになるなかで、中国共産党は東トルキスタンに鄧力群を派遣し、イリ政府との交渉を開始。毛沢東はイリ政府首脳陣を北京の政治協商会議に招きましたが、8月27日に北京行きの飛行機に乗った3地域首脳11人は、そのままソ連領内アルマトイに連行・殺害され、東トルキスタン政府は事実上消滅。
残されたイリ政府幹部のセイプディン・エズィズィは、陸路で北京へ赴き、政治協商会議に参加して共産党への服属を表明せざるをえなくなりました。また、9月26日にはブルハン・シャヒディら新疆省政府幹部も共産党政府への服属を表明しています。
これを受けて、1949年末までに中国人民解放軍が新疆全域に展開し、東トルキスタンは完全に中華人民共和国に統合され、1955年には現在の新疆ウイグル自治区が設置されました。
現在、東トルキスタンはチベットと並んで、中国にとって最も深刻な“民族問題”のひとつとなっており、中国共産党政府による人権侵害の象徴的な存在となっています。
明らかになったウイグル人迫害の実態
2019年11月16日付の米紙『NYタイムズ』(電子版)は、これまで非公開だった習近平の演説の内容や、ウイグル人に対する監視・支配について報告した文書(総計403ページ)の存在を報道し、全世界に大きな衝撃を与えました。中国政界関係者の内部告発による記事ですが、リークした人物の動機は、習近平を含む政権指導部が、ウイグル弾圧の責任から逃れるのを阻止したかったからだそうです。
記事で紹介された内部告発の内容を少し見てみましょう。
2014年に雲南省・昆明駅で、刃物を持った集団が通行人らを襲撃する無差別殺傷事件(31人死亡、130人以上負傷)が発生した際、中国公安当局は容疑者4人を射殺し、1人を拘束したうえで「新疆分裂勢力による計画的かつ組織的な重大暴力テロ事件」だと断定しました。内部告発文書では、この事件の直後に習近平が当局者に向けた秘密演説で「独裁の仕組み」を活用して「テロリズム、侵入、分離独立」に対する「情け容赦は無用」の全面闘争を指示していたことが明らかになりました。
また、新疆ウイグル自治区の収容施設の数は、2016年に陳全国という強硬派の人物が現地担当者(新疆ウイグル自治区党委書記)に就任して以降、急増しています。内部告発文書によると、陳全国は弾圧を正当化するために習近平が2014年に行った演説の内容を自治区当局者に配布し「拘束すべき者たちを一網打尽にせよ」と督励していたそうです。
ちなみに、2019年11月12日、米ワシントンを拠点とする「東トルキスタン国民覚醒運動(ETNAM)」は、グーグルアースにより、ウイグル人が自らの文化を捨てるよう圧力をかけられている強制収容所182カ所、刑務所とみられる施設209カ所、労働収容所とみられる施設74カ所を特定したと発表しました。収容者数は、これまで言われてきた約100万人よりもはるかに多い可能性があるとも指摘されています。
余談ですが、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの最大勢力範囲は、面積にして360万平方キロで、そこに「強制収容所」と認定されている施設が約50カ所ありました(ただし、戦時下のごく小規模なローカル施設を入れると数万に及ぶとの報告もあります)。
現在の新疆ウイグル自治区の面積は、その半分以下の166万平方キロであるにもかかわらず、ウイグル人の収容施設数は450カ所以上で、ナチスの10倍近くにも及んでいます。こうしたデータをもとに、中国による人権侵害はナチスをもしのぐものとして、欧米では「チャイナ(China)+ナチス(Nazis)」の造語で「チャイナチ(Chinazi)」という単語さえ使われているほどです。