苦しい生活を強いられている関係者を思うと・・・
閑話休題。フェスにおいてライブに次ぐ楽しみは「食」である。数ある夏フェスのなかでも、フジロックは食べ物がおいしいと評判で、ラインナップも越後名物「もち豚」をはじめ、新潟産コシヒカリで作った「五平餅」、スパイスカレーや釜焼きピザなど、かなり本格的だ。
なかでも地元の観光協会が運営する『苗場食堂』は人気で、毎年1時間以上の行列になることもあるほどだ。今年は人が少なくて行列も短めと聞き、初めて並んでみた。それでも20分はかかったが、名物の「きりざい飯」と「けんちん汁」を購入することができた。「きりざい飯」は刻んだ漬物と納豆がかかった郷土料理で、家の朝ごはんのような素朴でホッとする味が、胃ばかりではなく心にも染みわたる。
『苗場食堂』など一部の人気店をのぞいて、今年はどの屋台もほとんど並ばずに買うことができた。会場で話を聞いた観客の女性(ここ10年ほど欠かさず来ているフジロッカー)は「ご飯がすぐ買えることと、トイレに並ばずに済むことだけは良かったかも」と笑った。
その一方で、入場ゲート近くに出店していた肉屋の従業員は「今年は人が少なすぎて全然売れません。売り上げは例年の1/3か1/4くらいですね」と肩を落とす。それでも今年のフジロックに出店を決めたのは「毎年ここに店を出してきたので」。言葉は少なかったが、要は主催者やフジロックのお客さんとのつながりがあるから、ということのようだ。
会場内は、ステージ数の減少によってレイアウトが変わっていたものの、各エリアの内容はほぼ例年通り。キャンプエリアのテントの数や、NGOのブースは減っていたが、ハンモックスペースやマッサージコーナー、衣服・雑貨店、新潟の名産品を販売するテント、大道芸やアクションペインティングのコーナーなど、フェスらしい出店や出し物は変わらずあった。例年通りキッズランドもあって、親子連れも思ったよりも多かった。
本来フェスティバルというのは、非日常空間を楽しむものなのだが、今年はコロナという現実がありとあらゆるところに影を落とし、今、私たちが直面している事態の残酷さをイヤというほど突きつけられた。
波乱はフェスの香盤にも及んでおり、事前のPCR検査で陽性判定が出て出演できなくなったアーティストたちもいたし、小泉今日子や折坂悠太など、感染状況を鑑み、直前になって出演をキャンセルしたアーティストたちもいた。
地域の医療が逼迫するなか、出演者や参加者だけでなく、周辺地域に住む人たちも一様に複雑な思いを抱えている。「もしフジロックで感染したら」「もしクラスターが発生してしまったら」――地元の人たちに大変な迷惑をかけてしまうかも、という不安が尽きない一方で、この2年近く、思うように仕事ができず、苦しい生活を強いられている音楽関係者(ミュージシャン、音響・照明技師などのコンサート・スタッフ)の実情も頭をよぎる。
20年のキャリアがある知り合いのミュージシャンは、予定されていたツアーが3度にわたってキャンセルになり「自分の存在自体が不要不急って思われてるみたいでキツい」とこぼしていた。
以前は、いろいろなミュージシャンのツアーについて全国を飛び回っていた売れっ子ローディーの友人も、長らく収入が断たれて、このフジロックが久々の仕事だと言っていた。どんなに熟練した技術があっても、それを発揮する現場がないと心は荒む。生活だけでなく、精神も追い詰められる状況が続いている――そんな話を多く見聞きしているので、限界はとうに越えていると感じる。主催者が開催に踏み切ったのは、おそらくそんな状況を知らしめ、一石を投じたいという気持ちもあったのだろうと思う。