犬は人に「上下関係」を求めていない!

そうした犬の研究の成果として、じつは大きな誤解だったことが判明した例の一つに、「犬が人に対し上下関係を求める」ということがあります。

これはほとんど人間側の思い込みで、犬は自分より強く威厳のある人に従うわけではなく、人に懐き、人に親しむのは、飼い主との間に絶対的安心感を抱くからで「人と犬の関係は母子関係に似ている」という言い方が最も近いのです。

力で制圧すれば犬は忠実になる、という間違った固定観念ができた背景には、犬はもともと群れの生活をする動物で「犬の社会は、ボス的存在をトップにした階級・序列社会である」という長い間の思い込みがありました。

モデルとなったのは、犬の祖先とされるオオカミの社会です。群れのボス的存在が支配関係を作り、ピラミッド型の階層ができて、序列が下位のものは服従する。そうして群れは統率がとれ、多くの個体が飢えずに生きていくことができる――。オオカミがそうであるなら、その子孫の犬も同じはずだという考えかたが、ずっと定着していました。

犬の群れに関しての実証データがあるわけではないのに、ずっとそう思われてきたのです。

群れの序列関係に従って生きるという特性があるなら、人間と暮らすようになってからは、飼い主やその家族に序列をつけてそれに従うと考えられてきたわけです。

▲オオカミの習性から犬に対する誤解がうまれた イメージ:PIXTA

ところが、よくよく調べてみると、オオカミや野犬の群れの社会でも絶対的な権限を持つボスというのは存在せず、群れの中での明確な序列というものはないらしい、ということがわかってきました。

現在では「犬は人に対して上下関係を求めていない」というのは、動物行動学の世界においてほぼ常識です。飼い主というのは、犬にとって上位にいるボスや主人ではなく、自分を擁護してくれる母親的存在で「人と犬の関係は母子関係に似ている」という考え方が定着してきています。

母子関係に近いということは、人と犬の間に強い信頼関係があるということです。

犬にとって飼い主である人間は、食事や快適な寝床を用意し、排泄の世話や、遊び相手までしてくれる信頼すべき擁護者であり、母親も同然なのです。であれば、人が上位に立って、"序列関係で下位の犬に服従させる”という接し方には、当然疑問が生じてくるはずです。

そう理解すると、しつけの考え方も、昔風のやり方からは変わってくるのが当然だと思います。

▲犬のしつけも変えていく必要がある イメージ:PIXTA