「戦略的忍耐」を捨てたバイデン政権

バイデンはオバマ政権で副大統領を務めた。そのため、北朝鮮政策もオバマ政権の路線を踏襲するのではないか、という見方もある。だが、バイデン政権の北朝鮮政策について、サリバン大統領補佐官は「オバマ政権の戦略的忍耐は失敗した」と語り、同じ外交はしないと明言した。

「戦略的忍耐」は、北朝鮮が核放棄を約束しない限り、対話に応じない戦略だった。当時、アメリカは制裁を強化すれば北朝鮮は譲歩すると考えた。また、プライドの高い北朝鮮は、国際社会の「無視」に耐えられないと考えたのだ。

しかし、国連で制裁決議を可決しても、中国やロシアが北朝鮮に石油や食糧を送り出す闇ビジネスを放置したため、制裁の抜け穴が存在し、制裁は強化されなかった。さらにはこの間、北朝鮮は核実験とミサイル発射を繰り返した。「戦略的忍耐」は、むしろ北朝鮮の核兵器開発を推進した、とさえ批判された。

当初「米朝首脳会談はしない」と明言していたブリンケン国務長官は、最近になって「核放棄が明確に事前に約束されない首脳会談はしない」と、やや言葉を変えている。バイデンは、トップダウンで政策を決めるよりも、高官との論議により政策をまとめる「調整型」で、トランプのような独断専行は行わない。

バイデンは、トランプ氏の米朝首脳会談を「テレビ映りのためのパフォーマンス外交」と批判していた。トランプ政権の安全保障担当だったボルトンが退任後に書いた『ジョン・ボルトン回顧録』(朝日新聞出版)からも、そうした「トランプのパフォーマンスとしての米朝会談」であったフシはうかがえる。

トランプ流は金正恩には好評だったが、バイデン政権ではそうはいかない。

バイデン外交は、中国対策とロシア外交が最優先だ。さらに、欧州のドイツとフランスとの同盟関係改善という課題もある。ミャンマーではクーデターも発生している。国内政治もコロナ対応などがあり、まだ落ち着いていない。

そのため、見直し作業は終えたものの、北朝鮮問題には2021年の前半は本格的には取り組めない。北朝鮮は2021年3月24日、ミサイルを発射したが、北朝鮮が核実験や長距離ミサイル実験を再開すれば、米朝関係は最悪の状態にまで落ち込むだろう。

半島崩壊への足音が聞こえはじめた

金正恩は、トランプのおかげで「米朝首脳会談」ができるまでに引き上げた外交レベルを、今後も維持することは難しくなった。バイデンが「米朝首脳会談はしない」と明言している以上、従来の高官レベルの外交に後退することは避けられない。

文在寅は、米朝のあいだに立ち「シンガポール会談形式の米朝首脳会談」をアメリカに提案しているが「調整された現実的外交」を掲げるバイデンは見向きもしない。

それは、バイデンが中身のない形式だけの米朝首脳会談で北朝鮮の時間稼ぎに付き合うつもりがないことに加え、文在寅が米朝の指導者に信頼されていないからだ。米朝間を取り持てるのは自分しかいない、との自負が文在寅にはあるが、両国からは「2022年の韓国大統領選のためのパフォーマンスに過ぎない」と見破られているのである。

▲板門店国境線 出典:PIXTA

2019年6月の板門店での米朝会談の際も、同行した文在寅は集まったメディアに「トランプ・文在寅・金正恩」のスリーショットを撮影させようと必死だったが、2人からすげなく断られている。

アメリカの朝鮮問題専門家である、スタンフォード大講師のダニエル・スナイダーは、バイデン政権の誕生で北朝鮮と中国は危機に瀕すると予測する。スナイダー氏の祖父は、米韓関係が悪化した朴正煕政権末期の駐韓米大使、リチャード・スナイダーだ。

ダニエル・スナイダーは、北朝鮮について、折からの新型コロナの影響に加え「見世物型」の米朝会談を演出したトランプの退場、南北の「絶交」状態、中国からの明確な支援も見込めないというすべての問題が、2021年以降、金正恩に降りかかるとして「金正恩政権は、自らの将来、そして国の将来についても、かつてなかったほどに不確かな状態で10年目を迎えることになりそうだ」と評している。