先日も突如、ミサイル発射訓練を行った北朝鮮。これまでアメリカのバイデン大統領は、北朝鮮の核・ミサイル開発などの問題に対して、対話を通じた解決を模索する姿勢を示してきたが、今回のミサイル発射訓練により、アメリカ・北朝鮮間の緊張は高まることになりそうだ。トランプ政権時は比較的友好に見られていた米朝の関係性は、バイデン政権でどう変わったのか。朝鮮報道と研究の第一人者である重村智計氏に説明してもらった。
※本記事は、重村智計:著『絶望の文在寅、孤独の金正恩 -「バイデン・ショック」で自壊する朝鮮半島-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
トランプ敗北で親友を失った金正恩
金正恩は、国際社会への先導役をトランプに期待していた。国際政治のプレイヤーとしては、とりわけ孤独な金正恩に、他に友人と呼べる外国の首脳はいない。
祖父の金日成は、中国の指導者を友人とした。中国語も話せたし、ソ連の指導者や幹部ともロシア語で会話した。父親の金正日は、金正恩と同じく外国首脳に友人はいなかったが、今ほど強大ではなかった中国の指導者は、北朝鮮を「同じ社会主義を信奉する隣国」として大事にしてくれた。
1990年代までは中国と旧ソ連が対立しており、事情に応じてどちらか一方を支持して経済支援を得る「振り子外交」が効力を発揮していた。「振り子外交」は、わたしが創出した理論である。
だが、金正恩には祖父と父親の恩恵はない。習近平もプーチンも、明らかに金正恩を見下した態度で接している。例えば、2019年の朝露首脳会談で、金正恩はプーチンに朝鮮刀を贈ったが、プーチンは「ロシアでは武器を贈るのは縁起が悪いので、あなたから買ったことにしよう」と金正恩にコインを渡している。
この際、対応に焦る金正恩の様子がカメラに映されてしまった。もし本当に縁起が悪いのだとしても、面と向かって金正恩のメンツをつぶさずとも済むはずだが、プーチンは金正恩を見下しているからこそ、こうした対応を取ったのだろう。
こうした蔑視は、北朝鮮の指導者にとって我慢ならないことだが、経済力もなく、通常兵力にも乏しい北朝鮮は、かろうじて核兵器を持つことでその威信を保っていた。
その状況下で、金正恩と対等に付き合うトランプは、金正恩にとって一つの光明だった。
トランプは、欧米社会では「嘘つき」「詐欺師」「ポピュリスト」「レイシスト」などと散々に批判されたが、米朝首脳会談を実現するなど、北朝鮮政策においては他の政権にはない“功績”を遺したといえる。
トランプは、確かに口は悪かったが、北朝鮮の指導者に「朝鮮人差別」を全く感じさせることがなかったのだ。はっきりものを言う朝鮮人の言語文化と、大喧嘩したあとで握手を求める、“人たらしの手腕”を持つ「不動産業者トランプ」の波長は、ぴったり合っていた。
これまで北朝鮮は、アメリカを「米帝」などと批難してきたが、トランプほど北朝鮮の指導者が置かれた立場を理解した大統領はいなかった。また、歴代のアメリカ大統領のなかで、北朝鮮の扱い方を最もよく知っていた。それだけに、トランプの落選で「親友」を失った金正恩の孤独感は想像を絶する。
バイデンで北朝鮮政策はどう変わる?
さて「トランプ・ロス」に陥り、南北は絶縁状態となっている外交を、金正恩はバ
イデン新大統領とのあいだで、どう取り仕切るつもりなのだろうか。
バイデンは2021年2月4日、カマラ・ハリス副大統領を伴い、米国務省を訪ねた。国務省職員に演説し、バイデン外交について「米国は戻ってきた。民主主義が戻ってきた」と述べ「人権と民主主義」を外交の柱にすると宣言した。
トランプ外交は民主主義と人権を無視した、との認識から、その撤回を明言したのだ。宣言通り、バイデン政権発足直後に起きた、ミャンマーのクーデターにも、米当局は厳しい制裁を科した。またバイデンは「米国の同盟国との関係は、すばらしい財産である」と強調した。
これは、日本との同盟強化を意味し、日韓関係の改善を文在寅に求める政策だ。
この演説の直前に、バイデンは文在寅と電話会談していたのだが、北朝鮮問題には触れなかった。一方、ブリンケン国務長官は「トランプ大統領の北朝鮮政策を全面的に見直している」と明らかにしている。
これは、トランプ政権の外交記録を詳細に検討し、金正恩総書記とのあいだで何が約束されたか、調査していることを意味しており、その作業が2021年5月2日までに完了したと発表した。
トランプ政権下における対北外交で、文在寅がアメリカに何を伝え、どうふるまってきたかも明らかになるだろう。それがわかるまでは、文在寅とは北朝鮮問題について話ができなかったのかもしれない。米韓首脳会談が2022年5月21日に行われると発表されたのは、同年4月29日のことだった。