バイデン政権の朝鮮半島外交の全貌はまだ明らかではない。日本は今後、アメリカとの関係性も踏まえ、北朝鮮とどのように外交を行えばよいのか。つい先日も、日本の排他的経済水域(EEZ)内に弾道ミサイルを発射した北朝鮮に対して、岸田内閣がどのような対応を行っていくのかにも注目が集まるだろう。毎日新聞ソウル特派員などを務め、朝鮮半島情勢の研究の第一人者である重村智計氏に聞いてみた。

※本記事は、重村智計:著『絶望の文在寅、孤独の金正恩 -「バイデン・ショック」で自壊する朝鮮半島-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。

利権狙いで「日朝交渉」に群がる人たち

菅政権が推進していた、日朝国交正常化と拉致問題を同時に解決する構想は、いたって現実的だが、核問題を棚上げにすることはアメリカが許さない。仮に正常化するのであれば、北朝鮮と向こう5年以内に核放棄をする約束を取り付けたうえで、日米朝三国による国交正常化を含む核交渉を開始することで、アメリカを説得すべきだろう。交渉に韓国を入れたくない北朝鮮は、おそらくこの案に乗ってくる。

ただし、気を付けなければならないのは、日朝交渉が進みそうだと見るや、動き始める政治家や政府関係者、官僚や朝鮮総連関係者の存在である。これまでにも、根拠のない「空気」を読み、やみくもに画策し、大慌てで北朝鮮と接触をしようとして、結果的に国益を損なってきた人たちがいる。なぜ彼らは日朝外交に一枚噛もうとするのか。単なる手柄欲しさではない。一言で言えば利権狙いである。

日朝正常化が実現すると、1兆円を超える経済協力資金が用意される。北朝鮮における高速道路やダム建設、農業開発などのプロジェクトが進められるため、そこへ巧みに介入し、政治利権を得ようとの悪だくみがある、と見る向きは多い。

日頃、拉致問題になんらの関心も示さず、拉致被害者家族支援もしてこなかった政治家
が、突如として「訪朝の意向」を示すのはそのためだ。

2021年早春にも、そうした警戒すべき動きがあった。3月と4月に、超党派の「日朝国交正常化推進議員連盟」が実に3年ぶりに役員会と総会を開き、会長の衛藤征士郎元衆院副議長のほか、自民党の二階俊博幹事長(当時)も出席した。役員会では「拉致被害者の即時帰国を求める決議」を採択したと報じられている。

衛藤氏や二階氏を、拉致被害者救出に熱心な政治家だと思っている人は多くはないだろう。むしろ、拉致問題の解決には冷淡だったという印象すらある。

二階氏はこの役員会で「各党の協力をいただいて、訪朝を考えてみるようなことも(必要だ)」と巧みに述べた。読売新聞と日経新聞はこの件にベタ記事で触れた程度だったが、それは二階氏が「訪朝する」とも「検討している」とも言っていないからである。

ところが、毎日新聞は三段記事で扱い、産経新聞に至ってはどういうわけか会合の2週間後に「拉致『政府任せ』脱却図る」「超党派で訪朝検討」と大々的に報じている。これは二階発言の意図を読み違えた対北外交の基礎を知らない記者による、明らかな判断ミスというほかない。

日本の政治家が訪朝するには、北朝鮮のしかるべき人物か機関からの「招待状」が必要となる。この招待状は、金正恩の許可がなければ出すことはできないし、招待状がなければそもそも北朝鮮には入国することさえできない。

▲金正恩 出典:ウィキメディア・コモンズ

そのため、北朝鮮から招待状が来てもいないのに、日本側で「訪朝だ」と騒いでも意味がない。さすがに二階氏は事情をよくわかっていて、だからこそ「訪朝を考えてみるようなことも」と述べるにとどめたのだ。

なによりも「拉致被害者の即時帰国を求める決議を採択」した日朝国交正常化推進議連関係者を、金正恩が入国させるわけがない。北朝鮮はすでに「拉致問題は解決済み」と宣言しているのだ。こうした常識を欠いたまま記事を書いたばっかりに、毎日と産経は「拉致問題が動く」「訪朝か」と勇み足を踏むことになったのだ。

拉致被害者の帰国に長年尽力した専門家のなかにも、産経の記事や日朝議連の会合を受けて「北朝鮮からなんらかのメッセージがあったのではないか」と期待含みのコメントを出す向きもあった。だが、これは全くの見当違いである。