巷にあふれる「年金不安」の声。不安に感じる理由はさまざまであるが、そのなかには「自身の利益」のために必要以上に不安を煽っている人々も存在する。年金について正しい知識を得るためには、彼らが何を目的として不安を煽るのかを知っておく必要があるだろう。野村證券で25年間にわたって個人の資産相談業務に関わったあと、確定拠出年金の運営管理業務に携わり、40万人以上の確定拠出年金加入者に対して投資教育を提供してきた、年金のスペシャリスト・大江英樹氏が解説する。
※本記事は、大江英樹:著『知らないと損する年金の真実 -2022年「新年金制度」対応-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
気になるのは暗いニュースや他人の不幸
私は【1】マスコミ、【2】金融機関、【3】野党、の三者を「年金不安を煽る三悪人」と言っています。“悪人”とは言っても、それは公的年金を正しく伝えたいという私の立場から見て好ましくないと思えるだけで、彼らは決して悪いわけでもなんでもなく、むしろ自分たちの利益に忠実に行動しているに過ぎません。
まず、マスコミですが、ほとんどのマスコミは世の中で起きたことのうち、悪いことや困ったこと、不安なことを報道するという姿勢が基本です。
九州の宮崎に『日本講演新聞』という新聞があります。これは各種講演会を取材して、面白かった話、感動した話、心温まった話、ためになった話を講師の許可を得て掲載しているという、言わば良いことしか報道しない新聞なのですが、普通の新聞にはこういう記事はあまり載りません。なぜかと言えば、いい話をしても読まれないからです。
テレビのワイドショーで言えば、暗いニュースや不幸な話を放送しないと視聴率は上がりません。とても残念なことに、人間の心理には「人の不幸は蜜の味」という面があることは否定できません。
また、何か悪いことが起こったときの犯人捜し、すなわち誰かを悪者に仕立て上げることで、一般大衆の支持が得られるという面もあります。だから、マスメディアというのは不安を煽ることが常態化しているのです。それは、この1年あまりのコロナ禍の報道を見ても明らかだと思います。
これをけしからんというのは簡単です。SNSでは“マスゴミ”などといういささか品のない言葉も横行しています。しかしながら、マスメディアの多くは営利企業です。
購読数、販売部数や視聴率が上がらないことには彼らの商売は成り立ちません。どうしても視聴者や購読者が求める“人の不幸”や“犯人捜し”を優先して報道する結果、不安を煽りやすい老後や年金の話に行き着くのは仕方のないことかもしれません。
「不安」なほうが金融機関には好都合
次に金融機関です。金融機関にとっては、多くの人が「年金は不安で破綻するかもしれない」というイメージを持っていてくれたほうがいいのです。年金が頼りにならないからこそ、自分たちが販売する金融商品が売りやすくなるからです。
私もかつてはその一味でした。30年前、40年前には「年金なんて“あて”になりませんよ」と言って、お客様に投資信託の購入を勧めたものです。金融機関の営業マンが年金不安を唱えて商品を勧めるのは、営利企業としては当然の行為です。
彼らは、収益責任を負っています。一定の収益が上がらなければ株主からは不満が出ますから、違法行為でない限り、工夫をして金融商品を販売しようとするのは当然です。
それに、彼らの弁護をするわけではありませんが、彼らは自分たちが嘘をついているとは思っていません。一般市民と同じく「年金はあてにならない」と信じているからこそ、自信を持って自社の金融商品を勧めているのです。
会社では公的年金の正しい知識など教えてくれませんから、彼らが間違ってしまうのも仕方ありません。私自身、現役当時は本当に「年金の将来は危ない。だからお客さんに金融商品を勧めるのはお客さんのためだ」と信じて働いていました。