インディ・ジョーンズとロンギヌスの槍
聖遺物といえば、架空の考古学者を主人公にした『インディ・ジョーンズ』のシリーズにも数多く登場します。映画版の第1作『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』は、『旧約聖書』の「モーセの十戒」を収めた櫃が争奪の対象でしたが、3作目の『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』では聖杯の争奪が争点でした。
聖杯に関しては、最後の晩餐でイエスが口をつけたとも、十字架上のイエスから流れ落ちる血を受けたとも言われますが、神の子イエスに直接関わるものだけに、そこに宿るパワーは計り知れませんでした。
映画版では、どちらにもナチス・ドイツが登場しますが、この設定はアドルフ・ヒトラーがオカルト信奉者であったという伝説に由来します。
実際のところ、オカルト信奉者はヒトラーではなく、SS(ナチス親衛隊)隊長のハインリヒ・ヒムラーでした。キリスト教以前の社会と文化こそゲルマン人のあるべき姿としただけあって、ヒムラーはSS管下にアーネンエルベ(先史遺産)というドイツ先史時代の精神史研究を目的とする機関を設けています。
「先史」と揚げながら、未知のパワーが宿るといわれる、聖遺物だけは例外とされました。聖杯の探索は、イギリスの妨害により計画倒れに終わりましたが、「ロンギヌスの槍」のニュルンベルクへの帰還にはヒムラーの強い関与があったと思われます。
おかしなことに、ロンギヌスの槍と呼ばれる聖槍は複数現存します。ヒムラーが本物と断じたのは東フランク王ハインリヒ一世が926年に入手したもので、ヒムラーは自身をハインリヒ一世の生まれ変わりと妄信していただけに、疑う気など毛頭なかったのでしょう。
ハインリヒ一世が入手して以来、ロンギヌスの槍はニュルンベルクに保管されていましたが、19世紀初頭、ナポレオンに奪われる恐れがあるというので、ウィーンのホーフブルク宮殿に移されました。これをおそらくヒムラーが主導して、ナチスの聖地と化したニュルンベルクに戻したわけですが、結果としてこの聖遺物は、いかなるパワーを発揮することもありませんでした。
長らく所有していたハプスブルク家にしても、ナポレオンとの戦いに敗れたことで神聖ローマ帝国としての命脈を断たれ、皇女まで差し出せねばならなかったのですから、聖遺物としての効果はとうに消え失せ、むしろ呪物と化していたのかもしれません。