歴史作家の島崎晋氏によると、往年の人気漫画『北斗の拳』には、陰陽道からの強い影響を想起させる部分があるそう。日本の歴史にも関わりが深いという陰陽道を知れば、名作漫画を違った視点で楽しむことができるかも!?
※本記事は、島崎晋:著『鎌倉殿と呪術 -怨霊と怪異の幕府成立史-』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
『北斗の拳』で知る北斗七星・南斗六星・死兆星
「ヒデブー!」
「お前はもう死んでいる」
50歳以上の人であれば、この2つのセリフを見ただけで、作品名を当てることは容易でしょう。前者は悪党の雑魚が発する断末魔の叫び、後者は主人公ケンシロウの決め台詞の1つです。改めて言うまでもないでしょうが、その作品とは武論尊原作・原哲夫作画の漫画『北斗の拳』です。
ケンシロウは、北斗神拳という中国武術の第64代伝承者。胸に北斗七星とよく似た7つの傷があるため、巷では「7つの傷の男」「胸に7つの傷」で通っていました。
タイトルに「北斗」の名を冠するだけあって、同作品は星にまつわる伝説が数多く散りばめられ、陰陽道からの強い影響のもとに成立した密教の星宿法を彷彿とさせる考え方も盛り込まれています。
星に関して言うなら、『北斗の拳』を“より楽しむ”ためにも、北斗七星と南斗六星及び死兆星については多少知っておくことをお勧めします。
北斗七星とは、西洋で言う「おおぐま座」の熊の背から尾の部分なす七つ星のことで、北の空にあり、柄杓の形に見えることから、古代中国では北斗七星の名を与えられました。個々の星は、枢・旋・璣・権・玉衡・開陽・揺光の名を付され、枢から権の四星は斗魁、玉衡から揺光の三星は斗杓または斗柄と呼ばれました。
陰陽寮の天文部門で教材とされた『史記』の「天官書」には、北斗七星に関して次のようにあります。
北斗は天帝の乗車で、天のなかを巡り、四方を統一し、陰陽の区別を立て、四季を分け、五行の活動を滑らかにし、二十四節気を動かす。これらのことはみな北斗の役割である。
同じく『漢書』の「天文志」にある説明は以下の通りです。
北斗は天帝の乗車で、天帝はこれに乗って中央を運り、天下に君臨し、陰陽を分け、四季を立て、五行を均しくし、季節を移し、もろもろのきまりを定める。これはみな北斗にかかった仕事である。
内容はほぼ同じで、これだけを見るなら、北斗七星が人間界にどんな影響を及ぼすのはわかりづらいのですが、時代が少し下ると北辰(北極星)信仰と習合して、道教では、ずばり個人の運命・寿命を管理する司命神、さらには死を司る神「北斗星君」とされました。
次に南斗ですが、南斗とは西洋で言う「いて座」の中心部に柄杓形に並ぶ6つの星のことで、古代中国では南斗六星と命名されました。天球を28に区分する場合は、斗宿と称され、道教では北斗七星とは対の関係にあるとの考えのもと、生を司る神として「南斗星君」の名を与えられました。
残る1つは死兆星です。北斗七星の柄の端から2番目に近い星ミザールの傍らに見みえる星「アルコル」を指します。視力がよくないとミザールと重なって見えることから、アルコルをはっきり目視できなくなれば余命が長くないというので、古来、不吉な星とされてきました。『北斗の拳』では不吉な星という位置づけはそのまま、死兆星が見えたら余命わずかと、現実とは逆の設定にしているのが妙味です。
このように整理してみると、北斗七星・南斗六星ともに、『北斗の拳』のサブタイルである「世紀末救世主伝説」はもとより、中国拳法との関わりも見出せませんが、陰陽説と五行思想を用いることで、その点をうまく料理した武論尊氏の手腕はさすがと言うほかありません。