アベノミクスで雇用が増えた――と喜んだのも束の間。その裏で日本人の平均年収は下がり続け、2019年からは韓国にも抜かれています。日本が再び「豊かな先進国」に返り咲くために、国民全体で考えるべきことは何か。インフレ・デフレ・アベノミクス…、経済用語の“そもそも論”を産経新聞特別記者の田村秀男氏に教えてもらいました。
※本記事は、田村秀男:著『「経済成長」とは何か -日本人の給料が25年上がらない理由-』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。
「狂乱物価」と呼ばれた1970年代の日本
インフレはインフレーションの略語で、『広辞苑』には〈(通貨膨張の意)通貨の量が財貨の流通量に比して膨張し、物価水準が持続的に騰貴すること。その原因により需要インフレ・コストインフレなどに分類される。〉と記されています。
私が社会人になった1970年の前後、アメリカでは増大するベトナム戦争への軍事支出と設備投資で景気が過熱し、インフレが拡大していました。アメリカは基軸通貨国であるため、各国へインフレが波及し、日本も例外ではありませんでした。物価の高騰が続き、のちに「狂乱物価」と呼ばれました。
物価だけ見ると大変な印象がありますが、当時は給与も毎年上がっていました。私の記憶だと物価以上に給料が上がっていたと思います。
専業主婦の感覚であれば「明日、もっとこれが値上がりするのは困る」というのは当然です。しかしながら、1年経過してみると「これだけ亭主の給料が上がってました」ということで、物価の上昇を給料の上昇で補えてしまっていたということです。
当時の日本は、物価は上がり続けましたが、給料の上昇に支えられたわけです。しかも給料が上がり続ければ、将来の見通しが立てられます。つまり「給料は来年も上がる。じゃあ、借家はやめて家を建てようかな。ローンを組もうかな」のようなことです。要するに、みんな前向きな気持ちになれる。インフレの場合、こういう循環をもたらす側面があります。
クレジットカードで支払うと20%上乗せされた理由
インフレの好ましい側面を述べましたが、悪性インフレ(ハイパーインフレ)は違います。悪性と言われる所以は、極めて短期間にダーンと貨幣価値が下がって、物価が急激に高騰する激しさからです。
主たる原因として挙げられるのは、貨幣や国債の乱発です。とくに戦時下では、戦費の調達のために大量の紙幣を発行して、悪性インフレに陥ったケースが複数あります。
戦費調達が原因ではありませんが、第一次世界大戦後のドイツでは、札束を山積みにしてミルクが買えるという事態、まさに悪性インフレに陥っていました。
こういう現象を挙げて「インフレはけしからん」と言う人がいますが、このドイツの例は特殊です。
当時のドイツは、第一次世界大戦の敗戦のためボロボロで、しかも戦勝国への賠償金がすごい額でした。なおかつ、国内には共産主義者がどんどん台頭していましたから、政治的にも混乱の極みでした。こういう状態ではまともな政策も展開できません。結局、紙幣を刷って賠償金を払うしか方法がありませんでした。
紙幣をどんどん刷ることで、激しく貨幣価値は下がっていって、ますます賠償金の負担が厳しくなる……完全な悪循環です。
1990年代前半の南米ブラジルも、ひどいインフレでした。買い物をする際、現金ではなくクレジットカードで払おうとすると、値段が20%高くなりました。要するに、引き落としまでのあいだに貨幣価値が落ちてしまうのです。
この1990年代前半のブラジルと、第一次世界大戦後のドイツのインフレはかなり似ており、パターンは同じでしょう。お金を刷って刷って刷りまくったという、でたらめな金融財政政策の結果とも言えるわけです。
さらに、ブラジルの場合は、通貨のレートも原因になりました。ブラジルの通貨(当時はクルゼイロ)が信用をなくしたとなると、ドルに対してクルゼイロは暴落します。暴落すれば、外国との取引、つまり原材料から完成品に至るまで、それから食料品も輸入するものはすべて高くなります。
例えば、ブラジル国民で100レアル(現在のブラジル通貨はレアル)もらっている人が、それまでは1ドル分の食料や輸入原料を買っていたとします。それが通貨価値が暴落すると、一夜にして1セントぶんくらいしか買えなくなってしまう。
だから、通貨価値が暴落するのは恐ろしいことです。ただ変動相場制であるかぎり、その宿命はどこにでもあるかもしれません。