面白いところだけで議論してはいけない

江崎 ビジネスの話に置き換えてみると、例えばA社とB社で契約をした場合、双方で印鑑を押した契約書に対して「じつは、あの契約には反対だったんだよ、あの会社とはやりたくなかったんだ」と言って、あとから反対しようとしても、契約書が交わされている以上、その契約は実行されるんですよ。

倉山 それはそうですよね。権限と責任が伴いますからね。

江崎 契約書を無視して「俺はやりたくなかったんだから、A社とB社は連携してない」というのは間違っているでしょうと。

倉山 それは別の話。

江崎 別の話ですよね。

倉山 建前と本音は別の話だし、建前も1つの事実ですからね。

江崎 そうです。

倉山 建前によって世の中は動くわけです。日本以外のどこの国でも。

江崎 そうです。少なくとも南京の問題で言えば、日本軍は国際法に基づいて、民間人を殺害するなどということは絶対しないように、捕虜の虐待もしないように、捕虜に対してはきちんと対応すべきようにと指令を出していたんです。金品の略奪などに関しても同じで「略奪してはならない」という指令を出している。何度も指令を出さざるを得なかったということは、多少の綱紀の乱れはあったんでしょうけども。

▲南京城内で避難民にまぎれて逃亡を企てた中国軍正規兵を調べる憲兵(「毎日新聞」昭和13年1月1日発行) 出典:ウィキメディア・コモンズ

でも、そういう文章をきちんと出しているという事実に基づいて、南京攻略戦のことは議論されるべきなのです。それなのに「そんなの建前だよ」とか言って議論しない人が日本には多いですね。

倉山 その建前自体が事実だし、国家単位で「ユダヤ人は絶滅させる」とか言っていたり、身体障碍者を殺しまくっていたナチスと日本軍は全く違うんですよ。

江崎 そうです。そこのところをちゃんと踏まえない、このデタラメな歴史解釈と、個人のちょっとしたメモ書き(そのメモ書きだって本当にそう思って書いているかはわからない)を重要視する。

倉山 議論の順番を無視して、一番面白いところに走っちゃうからそうなるんです。例えば、日米安保条約だって、安保条約があって、実務的な規定書があってと下に行けば行くほど実際には影響力は強いんだけれども。一番上の安保条約から見ていかないと全体像なんか絶対に見えないですよね。

江崎 そうです。

倉山 日本と満州国がまさに同じ条約ですけど、機密文章があって、個人同士の覚え書きがあって、どんどん下に行けば行くほどそっちで動くんだけど、1番最初に「日満議定書」からやらないと、議論は始まらないですよね。

▲日満議定書の調印 出典:ウィキメディア・コモンズ

江崎 そうです。そこの順番とか文書の読み解き方とかが基本なのです。だから倉山さんは『救国のアーカイブ』と書かれていますけど、歴史戦とかインテリジェンス、「ヴェノナ文書」なんかも含めて、こういうことに関する素養というか、基本的なことを知らないで言うと、わけがわからなくなくなるんですよ。

倉山 そうなんですよね。スパイの話とかは面白いのでよく取り上げられますけど、この本を理解できない人は、スパイには絶対になれないですよ。だって、アーカイブなんてスパイは全員が理解したうえで、文字に残さないで、いかに記憶だけで処理できるかみたいな世界ですからね。文字に書いたものすら満足に整理できない人が、スパイの仕事なんてできるわけがないですよ。

江崎 できないです。

国際社会で通用するためのアーカイブ

倉山 ということで、基本的な入門編として、いきなり難しい応用の話にいくのじゃなくて、基礎の部分をしっかり固めてください、ということでお話いただきましたが、改めて江崎先生の基礎体力の凄まじさを実感しました。

江崎 僕は別に学問的にやっていたわけじゃないんだけど。実際にアメリカの、政府なり軍なりを説得しなきゃいけなかったのでね。

倉山 必然的に学問をやらざるを得なかったということですね。

江崎 説得をするためには、オフィシャルペーパーはどうなっているのか、ということを提示しないといけない。「日本軍(人)は、南京で中国人を殺すような、残虐な民族じゃありません」なんて言ったところで誰も聞いてはくれません(笑)。

倉山 だいたい、民族性ってどうやって証明するんでしょうね(笑)。

江崎 そういう話をしたって、相手にとっては「お前の言わんとする気持ちはわかるけど、そんなのはなんの説得にもならないよ」となるわけです。

倉山 ロジカルに説得しなければならないということですね。

江崎 「『ラーベ日記』は間違いです」とか言っても「間違いだと言うのは、お前の勝手だけど……」となりますから。

倉山 実際そうかもしれないけれど、その言い方じゃ証明にはならないよという話ですね。

江崎 「なんの証明にもならないよ」という話なんですよ。だから僕らが考えなければいけないのは、国際社会で通用するこの議論をどうしたらいいのか、それだけです。

倉山 そうですよね。明治政府が、グローバルスタンダードに則って世界の大国になったように、我々も今は同じことをやらないといけないということですよね。

江崎 そうです。だからそのための入門書というか、基本的なことを、倉山先生がこうやってわかりやすく書いてくださったというのは、本当にいいことなんです。こういうテーマは一般的に馴染みが薄いので、一見わかりづらく見えるかもしれません。でも、そんなのは慣れの話なので。とにかく皆さん、たくさん読んで慣れてください。

倉山 ありがとうございました。


〇【チャンネルくらら】 「インテリジェンスとアーカイブの密接な関係~救国のアーカイブ」 江崎道朗 倉山満