2021年12月9日、英国人弁護士が率いるウイグル法廷が「中国はジェノサイド(民族大量虐殺)を犯した」と裁定。欧米各国が糾弾するこの蛮行に対して、世界はなぜ沈黙を守るのか? 中国分析のベテランジャーナリスト、イーサン・ガットマン氏が、中国の生体臓器移植ビジネスの背後にある、収容所と処刑所のつながりを告発する。なぜ中国共産党首脳部は、こんな残酷な医療制度を奨励したのか?
1991年秋に広州市南部付近の丘陵で起こったこと
中国のような閉鎖社会の内部の現状を把握するには、10年、いや、それ以前に遡る必要がある。1991年秋、雲のかかった一日に広州市南部付近の丘陵で起こったことが手がかりになるかもしれない。
新米の若い内科医を含めた医療班が、手術用に改造されたワゴン車に乗り込み、中山大学付属第一医院を出発した。しばらく車が走ると、盛り土が平らにならされた場所に停車した。そこには似たような車が数台停車していた。汚れ一つない白の車体で、曇りガラスの窓、赤十字のマークが目立つ。
安全のために医療班は車内で待機するよう警官に命じられた。車窓からは壕が見えた。一部は埋められており、一部は掘られたばかりだった。丘陵が長年殺戮の場として使われてきたことを示唆する光景だ。
処刑される36人の身体は、72個の腎臓と角膜となり、地域の病院で山分けされる。各ワゴン車には俊敏な外科医が待機する。臓器摘出の所要時間は15分から30分。臓器は病院に運び込まれ、6時間以内に移植される。空想でもなければ実験でもない。射撃の衝撃で心臓はおそらく使えないだろう。
最初の銃声が鳴り響いた直後、ワゴン車のドアが勢いよく開き、制服の上に白衣を羽織った2人の男が「身体」を運び入れる。頭と足がかすかに痙攣していた。若手の医師は銃傷が右胸にあることに気づいた。予想通りだ。3体目が運び込まれ、作業に取りかかる。
40歳前後の漢民族の男性の身体だ。若手の医師は、この男性の腎臓と50歳の中国人男性との腎臓の組織適合を示唆する書類に目を通す。そのほかの身体の臓器は、利潤の高い国外市場用に切り取られる。移植しなければ患者は死ぬ。移植すれば奇跡的に病床生活から離れ、25年かそこら正常な生活が送れるのかもしれない。
免疫抑制剤の開発状況から、2016年までには肝臓、肺、心臓の移植は近い将来可能となることだろう。この中国人男性は、さらに10年から15年の余命を金で延長するのだろうか。
中国での最初の試験的な臓器移植は、1960年代に始まる。死刑囚からの臓器摘出は1970年代後半から小規模に行われてきた。1980年代半ばの新たな免疫抑制剤の開発に伴い、中国の臓器移植技術は急速に発展する。
レシピエント(移植を受ける患者)の異物組織に対する拒絶反応が抑制可能になったからだ。これまでは廃棄物扱いだった処刑者の臓器が突然、価値を持ち始めた。一般にはあまり知られてはいないが、中国の医大では「多くの凶悪犯は、最後の罪の償いとして自らの臓器を自発的に提供する」と教えていた。
中国で抑圧される少数民族ウイグルの存在
処刑囚が主な臓器源であることは、中国の医療当局も認めている。しかし、たとえ国外追放された身でも、中国本土出身の医師で臓器摘出について語る者は、まずいない。国際的な医療機関(世界保険機関や国際移植学会など)が触れたがらない問題が絡むからだ。
中国の恐ろしく高い処刑率でもなく、犯罪者からの臓器搾取でもない。中国で思想犯、政治犯が系統的に抹消されている問題だ。この医師は、家族や仕事への影響は懸念したが、中国政府を当惑させること自体は恐れていなかった。中国で抑圧される少数民族ウイグルの出身だったからだ。
中国政府の目の届かない場所で、この医師(そして私が接触したウイグル人証言者すべて)は、中国北西部の広域(つまりインド、パキスタン、アフガニスタン、タジキスタン、キルギス、カザフスタン、モンゴル、ロシアと国境を接する地域)を「東トルキスタン」と呼称する。
ウイグル人は、民族的にはテュルク系で東アジアには属さない。イスラム教徒圏にキリスト教が点在する。北京よりもタシケント(ウズベキスタンの首都)のほうがウイグル語は通じる。
「東トルキスタン」の名称は、中国政権下では公に使えない。未来の独立国家となる可能性を示唆するからだ。何年にもわたり、ウイグル人は自国の成立をさまざまに思い描いてきた。イスラム教徒による共和国(文化大革命の際、モスクは紅衛兵により豚小屋に替えられたという苦い経験がある)、ソビエトの保護領(ソ連が崩壊する前の発想だ)、また、中央アジアの新国家としての「ウイグルスタン」(最も現実味がある)などだ。
対照的に、中国政権はこの地域を新疆自治区と呼ぶ。「新疆」とは単に「新しいフロンティア」という意味である。
※本記事は、イーサン・ガットマン:著/鶴田(ウェレル)ゆかり:訳『臓器収奪――消える人々』(ワニ・プラス:刊)より一部を抜粋編集したものです。