どちらの主権になるかは明記されていない
だが、その直後から、日本政府は立場を一変させ始めた。
プーチン大統領のウラジオストク発言があった翌9月13日、当時の菅官房長官は「日ロ関係の発展を加速させたいとの強い気持ちの表れではないか」と発言。安倍首相自身も、プーチン発言は「平和条約締結への意欲の表れだと捉えている」と述べ、にわかに好意的な姿勢を示し始めたのである。
そして同年11月にシンガポールで行われた日露首脳会談後、安倍首相は「日ソ共同宣言を基礎として平和条約交渉を加速させることでプーチン大統領と合意した」ことを明らかにした。
あえて東京宣言以降の諸合意には触れず、日ソ共同宣言を基礎とするというこの発言は、「前提条件なしの平和条約締結」というロシア側の提案を受け入れたともとれる。この結果、日本政府は北方四島全体の帰属を争わず、歯舞・色丹両島の引き渡しを以て領土問題の解決が図られるのではないかという、「二島」論が大きく注目されるようになった。
しかし、日本側がこのような妥協を示してもなお、交渉の見通しは容易ではない。安倍首相の発言を受けたプーチン大統領は、日ソ共同宣言では「引き渡しの根拠や、どちらの主権になるのかは明記されておらず、引き渡しの用意があると述べているに過ぎない」として「真剣な検討が必要だ」と発言している。
2019年1月に実施された日露外相会談でも、ロシアのラヴロフ外相は、北方領土が「第二次世界大戦の結果としてロシア領になった」という従来の原則的な立場を繰り返したうえ、「北方領土という呼称を用いることは受け入れられない」と述べるなど、依然として強硬な姿勢を崩していない。
なかでも日本として看過できないのは、日ソ共同宣言では島を「引き渡す」と述べているだけであって、引き渡し後の北方領土が「どちらの主権になるかは明記されていない」というプーチン大統領の発言であろう。
シェイクスピアの『ベニスの商人』で用いられた、「肉を引き渡すとは書いてあるが、血については触れていない」論法よろしく、「引き渡すとは言ったが主権まで渡すとは言っていない」という論法である(日本人としては「一休さん」を想起したくなる)。
日ソ共同宣言の文言解釈をめぐって、ロシア側が最大限の条件闘争を行う姿勢であることは明らかであろう。