「人と比べて何になる?」「私たちは自分以外の何者にもなれないし、なる必要もない」と“ありのままで生きる”ことの大切さを説いた、韓国発のイラストエッセイ『私は私のままで生きることにした』(キム・スヒョン:著/吉川南:訳、小社刊)が、2019年の発売以来重版を重ね、現在、日本でも累計52万部というベストセラーとなっている。
ここでは、なぜ日韓の若者たちに、この本がこれほど強く“刺さった”のか、その意外な背景と理由について、掘り下げていきたい。
“K-POPアイドルの愛読書”というきっかけ
家父長制度が色濃く残った韓国において、女性ゆえの絶望と生きづらさを描き、映画化もされた『82年生まれ、キム・ジヨン』(チョ・ナムジュ:著/斎藤真理子:訳、筑摩書房:刊)。社会現象にもなったこの本の存在をきっかけとして、韓国の若者たちは、自分たちの抱える理不尽さ、生きづらさに声を上げ始めた。
これまで「当たり前のこと」とされ、見過ごされてきた不平等な社会的システムや差別について――時代に絡め取られ、壊れかけたキム・ジヨンと同じような――女性をはじめとして、多くの若者たちが“自覚”するようになったのである。
そんな背景のなか、偶然にもK-POPアイドルの動画コンテンツの端に映り込み、“BTS・ジョングクの愛読書”として注目を浴びることとなったのが、『私は私のままで生きることにした』だった。
とはいえ、ただ “K-POPアイドルの愛読書”として脚光を浴びたのであれば、通常、ファンたちが買えば、その後はなだらかに売上は下降線を描き始める。ところが、『私は私のままで生きることにした』は、下降線を描くことなく、日韓両国で売れ続けた。のみならず、世界が不安に陥ったコロナ禍で、その売り上げはさらに伸びをみせたと担当編集者は語る。
また、購買層は女性はもちろんのこと、男性も含まれるという。では、これほどまでに読まれ続けているのは、いったいなぜなのだろうか?
「自殺率」OECD加盟国ワースト1位の韓国
英誌『エコノミスト』が主要29か国を対象に、2021年に発表した「女性の働きやすさ」ランキングにおいて、韓国はワースト1位となっている(ちなみに、日本はワースト2位)。
加えて、経済協力開発機構(OECD)加盟37か国のうち、自殺死亡率がもっとも高い国が韓国なのである。ソウル市長が遺体で発見されたり、著名なK-POPアイドルが立て続けに自死を遂げた衝撃的なニュースも、記憶に新しいかもしれない。
もちろん、それらの理由はさまざまだが、アカデミー賞で4冠に輝いた映画『パラサイト 半地下の家族』(ポン・ジュノ監督)で描かれた“超格差”、そして色濃く残る儒教思想による“完璧主義”などが複雑に絡み合い、激しい競争社会のなかで多くの人が自分を他人と比べ、焦り、“ありのままで生きる”ことを、自身でも、他者からも認められず神経を擦り減らすという、時代にそぐわない「疲弊感」こそが、根底にあるのではないだろうか。