ロシアによるウクライナ侵攻、それによって中国による台湾有事の現実性も高まってきた。アメリカ政府は、これまで「一つの中国」を公式に承認したことはない。しかし、その対応はあまりに曖昧であった。「日本のための防衛論」として、中国を知り尽くした石平氏と米国の政治学者エルドリッヂ氏が精魂を込めて語り合った。この二人だからこそわかる中国と米国の「本音」について聴いてみよう。

中国の台湾に対する熟柿戦略は破綻した

石平 ここ数年間で、中国の台湾有事の可能性が非常に高まっています。つい5年前までは、台湾有事のことなど誰も本気にしていなかったのに、隔世の感があります。インド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソンが、2021年3月に「今後6年以内に中国は台湾に武力侵攻する可能性がある」と懸念を示したことが話題になりました。

軍事的にせよ経済的にせよ、中国の指導者たちは一貫して台湾を狙っていることに変わりはありません。なぜ彼らがこれほどまでに台湾にこだわるのかといえば、やはり国共内戦の決着をつけたいというのが第一で、台湾を併合しない限り、実質的に内戦は終わっていないのです。

第二としては、台湾を統一することにより共産党政権の権威付けになるのです。

第三に、これはぜひエルドリッヂさんのご意見をお伺いしたい論点ですが、台湾を併合するのは軍事的・地政学的利点があるということです。そういう意味では、歴代共産党政権にとって台湾併合は不動の政策でした。

ただし、習近平政権以前は台湾有事の本当の危機は起きませんでした。1995年から96年にかけて、李登輝()の総統当選を阻止するためにミサイルを発射したことはありましたが、このミサイル発射は併合目的のものではありませんでした。

▲中華民国総統の蔡英文と李登輝(2016年) 出典:中華民國總統政府網站資料開放宣告(ウィキメディア・コモンズ)

習近平政権は、軍事的・政治的・経済的と、多方面から着々と台湾併合へ向かっています。なぜ習近平政権が台湾併合に熱意を込めているかというと、この政権自らが香港の一国二制度を破壊したからです。それによって台湾がおのずと落ちてくる熟柿()戦略は破綻しました。

香港の一国二制度が踏みにじられるとは誰も思っていませんでしたから、台湾の人たちの心は中国からますます離れていったのです。台湾はずっと以前から、「台湾としてのアイデンティティー」を確立していたのです。

エルドリッヂ 同感です。世界の目が中国不信へと()()が変わったのは、香港問題にあることは間違いありません。国民党が強ければ、あるいは熟柿戦略も功を奏したかも知れませんが、2020年の総統選によりこの戦略は完全に終わったと言っていいでしょう。

もっとも20年から30年、あるいは40年前から、台湾は「台湾」としてのアイデンティティーを確立していたのではないかと思います。

▲2016年総統選時の蔡英文と陳建仁 出典:中岑 范姜(ウィキメディア・コモンズ)

1996年以降の民主国家としての台湾

エルドリッヂ 私は蔡英文()総統の総統就任式に出席したのですが、そのときに隣にいた30から40代前半の女性の話を聴いて、台湾のアイデンティティーについて再考させられたことがあります。

私が彼女に自分を台湾人であると思うか、中国人と思うのか、と質問すると、「ロバートさんは何人ですか?」と問い返してきたので、アメリカ人ですと答えました。

「ルーツは?」

「アイルランド系、ドイツ系、イギリス系です」

「では、あなたはドイツ人ですか? それともアイルランド人、イギリス人ですか?」

彼女が言いたかったのは、ルーツに関係なく自分は台湾人であるということです。8割くらいの人間は、台湾人としてのアイデンティティーを持っていると言います。

1996年の総統民選以降は、民主国家としての台湾が始まっていました。それ以前は国民党の独裁政権だったとはいえ、地方では選挙が始まっていたし、民主化運動が続いていました。ここが共産党独裁政権の中国とはまったく違う、「台湾」としてのアイデンティティーです。

▲1996年以降の民主国家としての台湾 イメージ:Masa / PIXTA

つまり、中国の歴代政権の台湾戦略によらず、台湾は台湾としてのアイデンティティーを確立していたのです。逆にいえば、中国は習近平政権になって、ようやくそのことに気づいたとも言えるわけです。

また中国の熟柿戦略を援護していたのは、アメリカと見ることもできます。要するにアメリカは、台湾のことも台湾と中国の関係のことも、よくわかっていなかったのです。

アメリカでは台湾出身の人が活躍している一方で、一般のアメリカ人たち(特に私よりも上の世代は)、台湾といえば蔣介石()=中国という見方の人が多かったし、当時は独裁政権だったため、好意的には受け止められていませんでした。

ですから、私は米台の外交関係者に、民主国家・台湾としての広報活動をするように言い続けてきました。たとえば、1996年前の台湾と、それ以降の台湾では違うのだということを、はっきり宣言すべきでした。

そうすれば、中国共産党のプロパガンダである「一つの中国」に、アメリカ人が騙されることもなかったと思います。もちろん、中国が主張するように「一つの中国」をアメリカ政府が公式に承認したことはなく、認めたのは中国に「一つの中国」という認識があるということにすぎません。

しかし、そのことをアメリカ政府は曖昧にしてきた経緯があり、中国もそれをうまく利用してきました。アメリカ国民に「中国の『一つの中国』政策とはなんですか」と聞いても、答えられない人が大半です。

先日、海兵隊の上司でオバマ政権の国務次官補だったウォレス・グレイクソン中将と対談した際に、彼は「政策は曖昧にしているけれど、決意はしている」と言っていました。しかし、今は政策を曖昧にしてはいけません。アメリカは「一つの台湾」であると認識を明確にすべきです。

※本記事は、石平×ロバート・D・エルドリッヂ:著『これはもう第三次世界大戦どうする日本』(ワニブックス:刊)より一部を抜粋編集したものです。